平成17414
鉄道を斬る No22

鉄道の興亡 PartU
第2次普仏鉄道戦争の行方

永瀬 和彦

1.はじめに 
 筆者は8年程前の鉄道工作協会報No.171で無謀にも浅学を省みず標題のテーマの下に、仏国鉄SNCFが欧州域内で鉄道の覇者を目ざし英及び独と果敢に争って勝利を収めたものの、内部崩壊の危機に瀕した姿についての記事を掲載した。同じ内容は「鉄道の経営を危うくするものは何か」のタイトルの下に、本誌「鉄道を斬る」No.3 (199710)に紹介させて頂いた。しかし、その後、SNCFは総裁に就任したガロア氏の卓越した指導の下に内部の再構築を終えて往年にも勝る勢いを取り戻した。そこで今回はSNCFとドイツ鉄道DBとが近く取り組む直通高速列車に関する問題を、昔両国間で戦われた普仏戦争に例えて私見を交え論じて見よう。

2.第1次普仏鉄道戦争の結末と余波
 今から8年ほど前、仏国鉄SNCFは栄華の頂点にあった。ロンドン、パリ、ブリュッセル及びドイツの古都ケルンの4都市間を結ぶ本格的国際高速列車「ユーロ・スター」及び「タリス」全てを仏が誇る高速列車「TGV」規格で統一し、英及びベネルックス圏内で覇権を確立したからである。ドイツ自慢の高速列車「ICE」に与えられた役割はTGVが活躍する「花のロン・パリ街道」から遠く離れたドイツとオランダとを結ぶ北辺裏街道の脇役に過ぎなかった。誇り高いDBのプライドは痛く傷つけられ、時の幹部はドイツ中心部へのTGVの侵入を絶対に阻止することを誓ったと言われている。
これを踏まえて構築された要塞が20026月に開業したケルン〜フランクフルト間の新幹線の途中に設けられた40‰の急勾配であるとされ、これによりTGVはケルン以南への乗り入れを阻止されてしまった。SNCFはこの措置に激怒し、一昨年暮に開業した独ケルンとベルギーの首都ブリュッセルとを結ぶベルギー新幹線へのICE乗り入れに際し、多くの試験を行うよう圧力を掛けてベルギー国鉄SNCBを困惑させたとされる。
SNCF
の「外圧」を受けたSNCBICEをつぶさに調べた結果、諸々の問題が明らかになった。最大の問題は高速走行中の砕石の巻き上げである。原因は「SNCBの軌道はレール面と砕石上面との距離がDBのそれより短いため」とされ、ICESNCB内最高速度は250km/h2編成併桔時は230km/hと厳しく制限されて昨年12月から漸くベルギー新幹線への乗入れを認められた。仏の軌道もSNCBとほぼ同じなので、今後、SNCFへの乗入れに際しICEは大きなハンディを負うことになった。

3.第2次普仏鉄道戦争の勃発
仏政府とSNCFは過密に喘ぐ欧州航路の現状を踏まえれば今後の域内における旅客輸送の増加に空は対応出来ないと見て、パリを中心に図示のような高速鉄道網を着々と構築してきた。ロンドン・パリ・ブリュッセルの三都を結ぶ高速列車は旅客の大半を獲得し、残りの線区も既に隣国と新幹線建設に関しての条約や協定が締結され、仏最後の新幹線網となる東線も2007年に開業する。
東線は仏東端の街ストラスブールとパリとを結ぶと共に、スイスのバーゼル並びに独シュツットガルト及びフランクフルトとを結ぶ国際高速列車の運行が予定されている。列車の運行を掌るため、既にスイス及びルクセンブルグを含めた沿線4国によって運行会社「ラリス」が設立されている。同線が開通した暁には、独ザール地方及びルクセンブルグとパリとの間は完全に鉄道優位な圏内となり、パリ〜フランクフルトも4時間弱で結ばれて鉄道利用圏となる。
筆者は新しい直通高速列車「ラリス」をどのような形で運行させるか注目している。今回の独仏間の相互乗入れは、今迄のような第三国を介しての乗入れとは違って両国の利害が深く関わる直結形で行われ、更には直通列車が通る地方は普仏戦争の古戦場跡でもあるからである。8年前にTGVの化身「タリス」が独ケルンに乗入れた際には独沿線諸都市のマスコミは「わが国は仏TGVによって侵略された」と騒ぎ立てた経緯がある。今回も両国間の相互乗入れ決着の行方によっては、独の国民感情を刺激する可能性も否定できない。


フランスを中心とした高速鉄道網


4.両陣営の体制
 戦いに臨む両国陣営の体制を見ると、仏側新幹線は近く完成するのに対し、独側の開業目処は立っておらず仏側乗入れを受けて立つ場にある。仏は南線から転属する改造客車を含め15編成全ての車両の調達準備を終え、先行試作機関車はチェコのベリム実験線で既に走行試験に入っている。仏は最近地中海線の一部で320 km/h運転を開始したが、東線は全線で320km/h運転の予定である。一方、独はICE56編成をパリまで直通させたい意向で、加えて今は閉め出されているベルギー経由の北線廻りルートにもICEの乗入れを認めるよう強く要求している。しかし、これが実現してもICEの仏国内最高速度は250キロに制限されるものと見られ、独側の不利は否めない。
車両の価格について見ると、仏側は南線で使っていた「セコハン」客車を使用するため、当然廉価である。だが、仏当局の言によれば新車を投入した場合でも独仏の車両価格差は4割近くもあるのだから、対抗輸送機関の動向も考慮して車両全編成を廉価な仏規格で統一すべしと主張している。価格差が大きいのは、仏側が2階建車両を採用しているためと見られる。
欧州圏鉄道の保安方式は国別に分かれ、15種類もあることは国際直通列車にとって頭痛の種である。EUは全ての方式に対応出来る欧州の新ATCとも言える「ETCS」と呼ぶシステムの仕様を制定し、DBはその開発と実用化実験を早くから行っていたが、技術的難しさに音を上げて最近開発を放擲した。早くから同様の開発を行っていたスイス国鉄も同じく開発を断念している。各国に跨って機関車を直通運転する有力貨物鉄道もETCSをとう載した機関車の製作費は6割もアップするとの試算を発表して、この非現実的なシステムを暗に非難している。仏は実用化が至難とされるETCSについて、建設中の東線を使って本格的な開発と実験に取り組むと表明しおり、結果が注目される。

5.戦線の行方
 今回の争いの勝者を決めるのは沿線4国の鉄道が設立した「ラリス」である。同社の出資比率は独仏が共に30、スイス25、ルクセンブルグ15である。往年の普仏戦争ではプロシャの名宰相ビスマルクがオーストリアと密約を結んで戦いを優位に進めたが、今回は残り2国が独仏の一方と密約を結んでいるとは思えない。とするならば、世の倣いに従い「実力」、「周到な準備」、「名将」の三拍子を備えた側が戦いを優位に進めることになる。実力を備え、周到な準備を怠らない軍勢の名は明らかだが、名将がいる軍勢はどちらだろうか。
私は秀でた将が仏側にいて、その人は国鉄のガロア総裁であろうと思っている。氏は凋落した仏国鉄を再興しただけでなく、古代ローマの格言を言い換えて「全ての高速鉄道はパリに通ずる」とでも言うべき新しい欧州の高速鉄道網の構築に指導的な役割を果たしており、普仏戦争で名声を馳せたプロシャの名将モルトケにも匹敵する名将であると筆者は見ている。氏はまた世界の主要な鉄道の動向を知悉しており、私の知る限り日本の新幹線を高く評価した初の仏国鉄首脳でもある。

戦線の帰趨は如何に。欧州の鉄道関係者は固唾を呑んで行方を見守っているに違いない。
(鉄道工作協会報 第213号(平成17年4月号)掲載)

 

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