地下鉄脱線事故の真因を探る
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 No.4 車両サイドにおける問題点は -


 のり上がり脱線に関与する因子

 今回の事故について,直接の原因をお尋ねになるマスメディアの方は実に多い.しかし,今までに事故に直接結びつく問題が見い出されない以上,事故には複雑な因子が関与して起きたと見るべきである.そこで,「のり上がり脱線」に関与する多くの因子のうちの代表的なものを紹介し,これについて浅学の身ながら脱線に及ぼす影響を,先ずは,車両側で起き得る因子を中心に論じて見よう.ただ,くれぐれも誤解のないようにお願いしたいのは,今回の事故は以下に列挙するいろいろな因子のうち,「只一の因子だけが関与して事故が起きた可能性は高くはない」ということを充分考慮に入れて頂きたいことである.
 従って,以下に列挙した諸因子のうちの二つか三つの因子を調べた結果,たまたま,これに該当したものを見つけたからといって,「事故の原因判明す!」等というような一方的に断定することは避けて頂ければと思う.

〇 軸重のアンバランス

 過去にのり上がり脱線した車両を調べると,レールを踏みしめる力である軸重が極端にアンバランスであった場合が少なくない.それでは,どの程度のアンバランスであったかといえば,概ね一方の輪重が他方の半分程度したなかったケースがほとんどである.一方,アンバランスの理論的な限界は先の本稿でも述べたようにレール・車輪間の摩擦係数及び車輪形状を常識的な値であると仮定したとき35%との値が出されている.一見,両者間に相違があるように見える.しかし,脱線の多くは曲線で発生しており,そのような場所では車両の動揺等により輪重の左右変動(これを「輪重抜け」という)が発生していることを考えれば,両者の結論に実質的な相違はないと考えてよいであろう.
 今回の事故では,この因子が関与している可能性がありうるので,先ず,検討しなければならない対象である.
 捜査当局は当然,事故車両の脱線した台車の輪重調査を検討しているであろうし,運輸省側もやや遅きに失した感もあるが,早急にこの調査を行うことを明らかにしている.

 それでは,輪重のアンバランスが何故起きるかを述べてみよう.
(イ) 軸バネ調整不良
 台車には走行中にレールから受ける衝撃を緩和するために「軸バネ」と称するスプリングが車軸と台車との間に挿入されている.このバネはレールからの衝撃を緩和する目的で設置されているのではあるが,車輪がレールを踏みしめる力である「輪重」のバランスを均等に保つ機能をも持たせている.電車新造の最終工程で組立作業を行うとき,同じ車軸の左右輪重のバランスを保つための調整は,この軸バネの上下に図1に示すようなライナーと呼ぶ厚みが多様に異なる薄い鉄板を挿入することにより行う.
 このときにバネ調整を行って輪重のバランスを取った車両は,その後,全般検査(自動車の車検に相当する)等で車両を分解した後の再組立てをする際,新造時に使っていたと同じバネや同じライナーを,それまでと同じ部位に挿入すれば,通常は輪重のバランスが狂うことはない.従って,全般検査等施行時にわざわざ輪重を検査する作業は通常は行っていないし,一般的にはその必要性もない.
 しかし,非常にまれではあるが組み立て作業の際にライナーの調整を誤ったり,車両改造などで車体重量配分が変ったときに輪重調整作業を怠ると,輪重のアンバランスが起きる.

(ロ) 車体又は台車台枠の歪み
 作業ミス以外で輪重のアンバランスが生じる事態は非常に少ないのであるが,車体や台車台枠が通常の使い方では考えられないような(事故等による)大きな衝撃をうけた時にこれが歪んで,まれに起きる場合がある.

(ハ) 空気バネの調整又は制御不整
 空気バネのパンクと差圧弁の動作不良が同時に起きると,輪重アンバランスが起きる可能性があることは先にのべた.空気バネに起因してのアンパラスは空気バネの高さを一定に保つ「高さ調整弁」のトラブルによっても起きる可能性があるが,その可能性は高くはない.むしろ,空気バネによるトラブルはこれの機能が正常であって,電車が急カーブ上で停止したときに起きる場合が多い.
 カーブでは左右のレールに高低差(カント)が設けられていることも先に述べた.このようなところで電車が止まると電車は傾き,傾いた側の空気バネに大きな荷重がかかる.その結果,傾いた側の空気バネは凹み,その反対側は逆に荷重が減るので空気バネは膨らむ.このような事態が起きると,図1の空気バネに付属する高さ調整弁は傾いた姿勢を修正しようとして凹んだ空気バネに圧縮空気をつぎ込み,膨らんだ側の空気を抜き,車体の傾斜を修復して水平に保とうとする.       


. 鉄道車両の空気バネの構造概念図
作図:金沢工業大学 機械システム工学科 永瀬研究室
坂原 洋行

 空気バネのこのような機能は正しいのだが,停止した電車が再び動きだして曲線通過の遠心力で電車が外側に振られると,すこし面倒なことになる.カーブで車体が外側に傾いたまま走るので,輪重にアンバランスが起きる原因となるからである.今回事故のあった現場付近の急カーブは中目黒駅入口にある第1又は第2場内信号機が赤のときに(このようなケースはラッシュ時には時々ある),信号によって停止した電車最後部車両が停止する場所でもある.急カーブ上で停止して遠心力を失った電車が,半径160米の急曲線に付けられているカントの影響で傾き,更に,傾いた車体を修復するため空気バネの作用で車体を水平に戻した可能性も否定出来ない.
 ただ,このような現象によって輪重にアンバランスが起きても,その値はのり上がり脱線に直結するような大きな値になることはない.なぜなら,そのような事態が起きたときには左右の空気バネの間を結ぶ連通菅に設けられた差圧弁が動作して双方の空気バネの内圧差を縮小させるからである.もちろん,このプロセスは差圧弁の機能が所定であることを前提にした話ではあるが・・・.さらに,脱線現場の左カーブで「空気バネの誤動作」により発生する輪重のアンバランスは,どちらかと言えば,のり上がり脱線を防ぐ方向に作用するからである.

〇車輪踏面の形状不正

 のり上がり脱線は車輪形状の不正によっても起きる.のり上がり脱線には特に車輪フランジ形状が影響する.図2に示すフランジの斜面角度は垂直面に対し通常約60度程度である.


図.2 車輪形状概念図
作図:金沢工業大学 機械システム工学科 永瀬研究室
坂原 洋行

 しかし,線路や車両の走り具合により車輪が均等に磨耗せず,この角度が変化する場合がある.脱線が起きやすいのはフランジ角度がオリジナルの姿である60度より急になった場合である.フランジがこのような姿に「変身」する現象を「直磨」とよぶ.直磨がおきると,分岐器やレール継目等に,フランジ先端が引っ掛かってのり上がり脱線を起こしやすくなるからである.ただ,地下鉄日比谷線で過去に運用されていた3000系電車では,そのような傾向は全くなかったことからみて,今回事故が起きた03系電車に「直摩」起き,それが脱線の一因になった可能性は少ない.もし,そのような事態が起きていたなら目視により直ちにわかる.
 車輪の左右の直径差があった場合にも,車輪は真っ直ぐに走ることが出来ず,のり上がり脱線の一因となる.しかし,例えそのような事態になっていたとしても脱線の可能性はほとんどない.というのは,筆者が昔,国鉄の某現場に勤務していたとき,車輪を削るときの作業ミスによりとても信じられないような大きな左右車輪直径差がある状態のまま,長期間使われていたディーゼル機関車を,定期検査で見つけて大騒ぎになった経験がある.しかし,その時の車輪に直磨などの異常は全く見られなかったからである.

〇 地上サイド,競合及び取扱上の問題点

 以上,車両側の主要な因子について述べて見た.しかし,これ以外で,乗り上がり脱線に深く関与する因子も多い.次号はこれらについて,論じて見たい.

 
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