地下鉄脱線事故の真因を探る
-
 No.1 空気バネがパンクしたらどうなる -

         
 日本の鉄道は統計的に見ても、世界で図抜けて安全な鉄道である。とりわけ、営団地下鉄は開業以来この種の事故は皆無であり、都営も約10年程前に浅草駅で扉にはさまれた女性乗客が線路に転落し亡くなられて以降は人身事故を経験していない。さらに、営業電車の脱線事故も戦後は、昭和50年代初期に新橋駅構内で台車破損により起きた事故以来起きていないのである。
 このような事態になったことは本当に残念なことである。そこで、浅学のみではあるがその原因について私なりの愚見をのべさせて頂くことにしたい。

 脱線の原因で考えられるものは
 鉄道に脱線が起きるときの原因は大きく分けて4つある。それを挙げれば
・車両側の原因 〜 車両自体の欠陥や調整不具合によるもの
・地上側の原因 〜 軌道等地上設備を原因とするもの
・運転取扱によるもの 〜 操縦ミスによる速度超過など
・悪条件の競合 〜 これら3要素の個々には不具合点はないが、競合して事故に至ったもの。

 今回の事故は急曲線、それもいわゆる「Sカーブ」と呼ぶレール取り付けが非常に難しい反向曲線区間で、しかも、地下から地上に出る部分のために勾配も激変するという線路条件としては非常に厳しい区間で起きている。このような区間では、いわゆる「のりあがり脱線」の発生も否定できない。しかし、現時点までの運輸省の発表、「具体的に異常が発見された箇所は最後部車両『空気バネのパンク』だけである」との話を一応、信頼して話を進めてみよう。もっとも、そのパンクは事実ではなく、事故処理を行う為に行った処置との営団側の発表も行なわれている。となると、本来、公平・中立で高い当事者能力が求められるべき「事故検討委員会」の本質論にも議論が及びかねない深刻な事態になってしまうのであるが・・・・・。
 
空気バネのパンクは実際にあるのか?
 先ず今回は空気バネがパンクした場合、脱線する可能性はあるのだろうとの点に的を絞って見よう。鉄道に空気バネが本格的に導入されたのは昭和20年代の末期で、先駆けは私の記憶に誤りがなければ京都〜大阪間を走る京阪電鉄である。そのから実に半世紀の歴史があり、その間にパンクしたケースが幾つか起きている。国鉄の労使間が険悪であった昭和50年代の初期に車両の整備が思うにまかせぬためだったのだろうか、私が乗車した秋田発上野行の特急「いなほ」が空気バネパンクのまま使われていたのに驚いたことがある。ひどい乗り心地ではあったが、勿論、遅れもなく無事に走り抜けて上野に着いた。「長野行き」新幹線開業と同時に廃止になった信越線の列車は、横川〜軽井沢間を通過する時に限っては「特殊事情」で空気バネの空気を抜いて走っていたのを記憶している方もおありと思う。このことからお分かりのように、空気バネのパンクは実際に過去にしばしば起きていたことでなのである。

空気バネがパンクすると
 ところで、運輸省の発表によると、事故電車は進行左側の空気バネがパンクしていたという。そのような事態がおきると、先ず、車体が傾くので、そのままでは危険がある。なぜなら、車体が傾くと車輪がレールを踏む力(これを「輪重」と呼ぶ)の左右の振り分けがアンバランスとなる。というのは、輪重の通常は1:1 の割合で左右に振り分けられているからである。この振り分けのバランスが崩れた(アンバランスが起きた)ことをを「『輪重差』が起きた」という。ところで、車両や軌道が正常に整備されていても、車両は走行中に揺れによって左右の車輪に2〜3割程度の差が常におきる。だから、車両を整備するとき、停止中は左右の輪重に差がないように細心の注意を払って調整をする。これを怠り、輪重差がある状態で車両を走行させると、走行中に輪重差が顕著になって、片方の車輪がレールを踏む力が殆どゼロになる事態が起きかねない。このような事態がおきると、電車はいとも簡単に脱線する。
 今回は空気バネのパンクが事故以前に起きていてパンクした状態のまま走っていたなら、著大な輪重差が起きて脱線する事態が発生しかねない。そこで、このような事態がおきても車体が傾いて輪重差が起きないような装置が電車には付いているのである。


図.鉄道車両の空気バネの構造概念図
         作図 : 金沢工業大学永瀬研究室坂原 (2000.3.9


図をご覧頂きたい。図に示すように台車には、「差圧弁」という装置が左右二つの空気バネの間に付けられて、この二つの空気バネは「差圧弁」を介してパイフで結ばれている。この弁は左右の空気バネ圧力が僅かの差圧である場合は特に動作しない。しかし、一方の空気バネがパンクするような事態がおきて差圧が顕著になるとツーツーとなって、パンクしていない方の空気バネの圧を差圧弁を介してパンクした空気バネの方に落としてしまう。その結果として、輪重差が起きないような仕組みになっているのである。
 ところで、この差圧弁は空気バネが登場した当初にこそは、その重要性が十分に認識されてはいたが、空気バネについての信頼性が高まるにつれ、皮肉なことに、その重要性は次第に認識されなくなってしまった。事実、空気バネか原因で事故が起きたのは、先に述べた「横川〜軽井沢間の特殊事情」以外になかったことを踏まえれば、判らない話ではない。そのためであろうか、私が鉄道在職中の若輩の時に、この大切な「差圧弁」の重要性について全く認識がなく、「盲腸論」を吐く幹部がいたのを見てびっくりした記憶もある。だから、この弁について、常用性の認識がなく検査の手法等を定めていない鉄道があっても不思議ではない。本来ならば、パンク等の事態が起きたときに備えて、どの程度の差圧になったら弁が機能して「ツーツー」なったらよいかなどの機能の基準を決めて置かなければならないのにである。
 特に地下鉄の車両はトンネル内部空気汚損の影響で空気弁類の機能劣化が通常の鉄道車両より著しいのであるから、このような重要な弁をどのように保守していたか気になるところである。

 
トップページに戻る