鉄道経営合理化果てに

− 米国鉄道未曾有の輸送混乱の問題点を探る -

 

1.米国貨物鉄道のダイヤ混乱


 昨年10月20日の日経朝刊は紙面を大きく割いて、米国ユニオン・パシフィック鉄道UPのダイヤが大混乱に陥り、原料調達の遅れよる工場操業率低下などで米国経済に深刻な影響が出る懸念があると報じた。日本の一般紙が米国の鉄道をこれほど詳細に事報じた事例は珍しい。
 混乱の兆候は冬の嵐によるUP幹線の長期不通に始まった。その後、指令ミスによる正面衝突や脱線等の重大事故が続発し連邦政府鉄道局の監査の結果、安全面での多くの改善点が指摘された。これとほぼ時を同じくして行われた労組の抗議運動等の影響をも受け、機関車や乗務員の手当てがつかなくなり次第に混乱が広がった。9月にはテキサス州イングルウット操車場に貨車があふれてヤードの機能が停止し、各駅に貨車が滞って200マイルの移動に2週間以上を要する列車も現れた。
 事態を重視した連邦政府はUP沿線の貨物を競合するバーリントン・ノーザン・サンタフェ鉄道BNSFに迂回させなどの措置をとったが、今年7月現在でも混乱は完全に納まってはいない。 

2.混乱の背景 

 UPは近年、サザン・パシフィック鉄道SPやシカゴ&ノース・ウエスタン鉄道を合併し、営業キロは5.8万キロにも達する巨大鉄道である。米国の鉄道は1981年の規制緩和以来、スケールメリットを求めて合従連衡を繰り返し、西部はUPとBNSFのわずか2社が支配、東部もCSX鉄道とノーフォーク・サザン鉄道の2社、中部はカンサスシティ・サザンと近くカナダ国有鉄道が吸収するイリノイ・セントラル鉄道が支配、広大な米国は現在わずか6社の寡占状態にある。
 巨大化した鉄道は合併効果を高めるため重複路線の廃止又は他社への譲渡、管理部門の統合及び大幅な人員削減等を性急に実施した。その結果、現場は混乱して、管理者や輸送指令はその収拾に追われて疲単困憊し、混乱発生直前のUP輸送指令の勤務時間は16時間を超えて休息どころか食事もままならない状態にあった。混乱の引き金となったイングルウット操車場はSP時代から日常的に能力の限界に近い貨車を仕分けており、米国の好景気で急増した貨車を捌ききれなくなった。
 このような危機的状況にあった現場の実態を無視してUP首脳は合併後、併呑したSPなどの輸送指令所の統合を急ぎ、多く中間駅側線を撤去した結果、未曾有の大混乱を招いたとの見方が有力である。


3.過度の人員削減と業務集約化の反省

 混乱解決のためにUPは3千人にも及ぶ従業員の採用と大量の機関車増備を決め、主な接続駅に他社との合同の指令所を新設した。しかし、新採の従業員がすぐに現場で戦力になるわけではない。
 「鉄道が持つ企業文化は一般産業の企業文化とは全く異なるから、鉄道従業員を短期に養成するのは困難」との持論から、合併した巨大鉄道が軒並み大幅な人員削減を押し進める中にあって、このような動きには批判的で人員削減に慎重な態度を取り続けたKCS社長のハーベティ氏の言は正鵠を得たものだったと言える。
 この事態に驚愕したのはUPとともに西部を支配し、同じように支社統合や併呑した鉄道の指令所統合を強力に推進中のBNSFだった。UP混乱発生時の同鉄道の定時運行率は大きく低下し、その値50%を切っていたからである。同社は支社の大幅統廃合の撤回と、全線を8つにわけての担当副社長を配置する対策を社長自ら発表した。「巨大化した我が鉄道は、もはや本社で全ての列車の運行管理を把握できる状況にはないと。」

4.わが国鉄道混乱の歴史

 わが国鉄道混乱の歴史を振り返ると、最大の混乱は終戦前後に発生した。この中には帝都電鉄井の頭線のように保有車両が戦災で壊滅し、長期間半身不随になった鉄道すらある。だが、これら混乱の責が鉄道にあったわけではない。当時の列車遅延の車両側の主因であった「蒸気不騰発」も粗悪な石炭などの外的要因に起因するものが多かった。山手・京浜東北線の分離運転や中央線中野〜三鷹間複々線のきっかけともなった昭和20年代末から昭和30年代初期にかけての東京圏通勤電車の大幅遅延による混乱も、国の財政問題が原因であって、その責任を当時の国鉄に被せるのは酷というものであろう。震災、水害及び雪害などのによる長期の輸送障害もすくなくなったが、それらの原因の大半は外的な物である。
 ところで、米国のような鉄道の経営責任によって輸送が長期にわたり混乱した例は日本にはあるのだろうか。あえて挙げれば「スト権スト」と「順法闘争」があり、規模は小さいながらも車両に起因した混乱に昭和25年に起きたモハ80系の「遭難(湘南)電車騒動」と、上越線「特急とき」の雪害によるとされた大幅減車と運休がある。これら混乱の多くは組合運動に起因していることは興味深い。

5 わが国鉄道混乱の可能性

 米国鉄道混乱の一因でである過度の業務集約や人員削減と同じ理由で、日本の鉄道が混乱することは先ずないであろう。巨大組織の国鉄を解体して発足したJRの多くは、支社の規模すら大きすぎるとして、その一部を分割しており、人員削減については実施するどころか、民営化後も長く余剰人員を雇用し続けているからである。
 とすると内部事情を原因として日本の鉄道が混乱に陥ることはないだろうか? 米国のような大混乱がおきる可能性は少ないが、私がコメントできる技術及びその周辺の分野で、そのようなことがおこり得るならば、それはCTCなどに関連したトラブル、それも徹底集約した巨大システムに関するものだろうと思っている。米国鉄道混乱の一因は徹底したCTCの集約にある。しかし、集約したとされるCTCも実は自社本線上にある列車の運行管理や信号制御を集約しだけであって、自社のダイヤに深く関係する他社線内の詳しい運行情報やヤード内の車両の流れなどはほとんど把握してなかったことに問題があったと見られる。
 振り返って我が国はどうか? 我が国は民鉄を含めて多くの鉄道が日本の高度な情報技術を駆使して米国と同じように列車運行管理の徹底集約と自動化とを推進している。しかし、各鉄道が誇る最新のシステムに入力される情報の多くは自社線内のものに限られ、相互乗入れ先やJR他支社管内の情報は「電話一本」で細々と受けるケースが多いのは米国と全く同じである。
 ところで、ダイヤが混乱したとき、輸送指令が処理しなければならない業務は実に多様であり,これらを的確、且つ、迅速に処理するには長い実務経験を必要とする。従って、このような複雑極まりない業務を集約・自動化するシステムを構築するに際しては、実務経験豊富な者の手で慎重にすすめることが望ましい。しかし、これらの開発の多くは輸送実務経験の乏しい情報処理技術者の手で極め限られた短い期間内に行われているのが実情である。
 このような場で構築されたシステムは、いかに最新のものであっても修羅場を経験したベテランの輸送指令が処理する能力に遠く及ばないのではないか。事実、過去を振り返るとオペランや埼京線CTC等のように複雑なシステムの幾つかはいろいろな問題を起こしている場合が多い。
 4社の列車が乗り入れ、複雑・多岐にわたるダイヤを持つ京浜急行電鉄は現在でも指令業務は古典的手法で対処しており、このため、混乱発生時の同社のダイヤ回復の速さは定評がある。なお、指令業務に今もおな、このような古典的手法を踏襲している京浜急行は、日本の鉄道技術史上に特記すべき多くの足跡を残していることを同社の名誉のため申し添えさせて頂く。

 
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