1.事故概要事故は平成9年10月12日20時ころ中央線大月駅構内で発生した。報道によれば、所定よりやや遅れて当駅の下り本線を通過中の松本行特急あずさ13号に、退避線(中線)に停車中の回送電車が、その進路を妨げる格好で動きだして特急と接触し、双方の車両が脱線した。あずさに衝突した電車は、事故のあった大月駅から分岐する富士急行電鉄・河口湖行直通の快速電車の一部である。この電車は始発の東京から大月までは10両で来るが、その先の富士急線内はホーム長や旅客数等の関係で・前寄り6 両をこの駅で切離し、後の4 両だけが富士急に乗り入れる。大月で切り離した6 両を駅の甲府よりにある側線に収容するための入換作業の最中に事故が発生した。大月駅の関係線路図を以下に示す。 2.事故の直接原因 直通電車は東京から立川までは快速運転で走るが、その先は各駅停車である。大月で後から来る特急を中線でやり過ごしたあとに、入換作業が行われる。快速電車は大月駅の退避線に無事に入った。だから、後を追いかけてきた特急電車の大月駅での進路は確保され、駅の下り本線出発信号機にゴーのサインが出ていたことは間違いない。付近の中央線は信号機・ポイント・駅の案内を含め全てコンピュータにより自動操作されるからである。 3.事故の遠因 このように発車してはならない電車が誤って発車し、隣を走って来た電車などに衝突する事故を鉄道では「誤出発」という。このような名前が付けられているのは、この種の事故が錯覚で起こりやすいからである。最近起きたほぼ同じ誤出発事故には、東海道線来宮信号所(伊東線来宮駅) で、退避線で待ち合わせ中の電車が「誤出発」し、隣の線路を進行してきた貨物列車に衝突した例があり、過去の大事故に、阪急の六甲駅で退避中の山陽電車が「誤出発」して隣の線路を疾走してきた阪急の上り特急に衝突した事故がある。新幹線ですらも、開通直後の昭和40年に東京駅で同じような事故が起き、あわやの場面があった。 4.誤出発の対策このように、誤出発は運転士の錯覚で起こりやすい事故の一つである。 ATS等の事故防止策が考案される以前から、この種の事故で鉄道は悩まされた。このため、各鉄道は昔から次のような防止策をとって来た。 1) 隣接線路の出発信号機同志の隣合わせ設置の禁止隣の線路の信号が青になったのに「つりこまれる」のを防ぐため、隣接線路の出発信号機は隣合わせに設置しないのがルールである。特に、同じ柱には隣接する信号機を二つ重ねて設置してはならないことになっている。今回の信号機の設置位置には、その様な問題はなかった。しかしながら、最近は ATSが完備したなどの理由で、過去の貴重な事故経験を忘れ、隣接線路の出発信号機同志を同じ柱に平気で取りつけている鉄道がある。恐ろしいことである。 2) 直下型 ATS地上子の設置・原理JRで行われている対策の代表は、絶対に侵してはならない (侵せば重大事故が起きる可能性がある) 信号機に万一電車が誤って入り込んだ場合には ATSにより非常停止信号を発信する装置 (これを「直下型地上子」という) を取りつける方法である。 ・問題点 ところが、「直下型地上子」設置位置の設定は大変に難しい。本来、この地上子は、その名の通り出発信号機の真下に設置するのが建前である。しかし、赤信号を無視した電車に対し直下形 ATS地上子が停止信号を出しても、「後の祭り」となって事故を起こしてしまう可能性がある。今回の事故も、その可能性は否定できないのであるが・・・・ ・問題点解決策その1「後の祭り」を防止するため、実際には本来はルール違反承知で、列車の運転に支障が生じない限りは直下型地上子を信号機よりかなり手前に置くケースが多い。今回も程度の程は判らないが、そのような対策も恐らくはとっていたと考えられる。しかし、高速で電車が突っ込んで来ればお手上げである。 ・問題点解決策その2「信号機から実際の危険区間までの余裕距離を充分とればよい」と言う説もある。しかし、そのような余裕距離をとるスペースがない駅が少なくないのが実情で、この話は実務的ではない。 3) 筆者提案の簡易な直下型地上子制御方法 このような問題点を改善する方法は幾つかある。本質的対策は、誤出発防止対象電車がルール通りに入線して赤信号に接近するのは一向に構わないが、しかし、一旦停止した後に動くのを防止する対策に尽きる。だから、「電車がその線に入って停止するまでは、 [ 本当の直下にある直下型地上子]以外の機能を停止さる」ようにすればよい。具体的には、その線路に電車が入ったこと、または手前の線路を電車が完全に進出し終えたことのいずれかの時点から相応の時間が過ぎてから、「直下にない直下型地上子」の機能を活かすことにすればよいのである。このような方法は容易に実施できる。残念ながら、この対策を行っていると言う話をあまり聞かない。早急にこの対策を行なうべきであろう。 4)ATS車上装置の電源投入の失念防止ATS車上装置の電源スイッチを運転士が入れ忘れるのを防止するため、JRの全ての車両は「電源未投入防止装置」が取りつけられている。もし、スイッチを入れ忘れて、本線を走るような操作をした場合、ベルがなる仕組みになっている。但し、入換の時は本線を走るような操作はしないので、電源を切って入換信号を侵した場合はお手上げになる。 5) ATS車上装置の電源自動投入最近の車両は自動的に ATS電源が入るものが多い。今回事故を起こした車両も恐らくはその装置が機能していたと思われる。その電源を切るには、意図的にこれをしなければならないので、そのような事態が発生したとは考えにくい。 6) バタン付 ATSの採用中央線の高尾までは、昭和63年の東中野駅事故を契機にこの方式への改良工事が終えていた。この方式は赤信号機を越えそうな高い速度で電車が信号に近づけば ATSが作動する優れたシステムである。しかし、このシステム導入には巨費を要するだけでなく、システムも複雑なので、ベテラン技術者でなければ工事の設計を行うことが出来ない。だから、一挙の改良実施はとても出来ない相談である。このため、この付近には残念ながら未だパタン付 ATSを導入していなかった。 5.今後の課題
6.おわりに 今回の事故調査の主体をとったのは山梨県警である。県警当局の御苦労は想像に難くない。しかし、率直にいって、警察当局に鉄道の専門家は全くいないのだから、当局の手で事故の真因を突き止めるのは無理というものである。捜査当局が丸2 日もかけて捜査をした結果、果たしてどれだけの成果を得たかは疑わしい。さらに問題なのは、司法当局の捜査は事故を起こした直接の責任者を割り出し、業務上過失事件として立件することにとにある。事故の背景をも含めての遠因や、防止策を探るのが目的ではない。だから、事件が立件が出来なければ、たとえ、事故再発防止に資すると思われる貴重な捜査資料も関係者に公開されることはないのである。 |