鉄道を斬る No.36

鉄道を斬る No.36
平成30年3月6日

新幹線台車に亀裂が発生した背景を語る

-　今後の課題を含めて　-

永瀬　和彦

事故原因の結果発表

　平成29年12月11日に東海道新幹線の名古屋駅で発生して、新幹線初の重大インシデント（以下、「事故」という）に指定されたJR西所属車両「のぞみ34号」の台車側バリ亀裂は、国の運輸安全委員会とJR西とが平行して原因の調査を進めて来た。2月28日にJR西から、「台車に亀裂が発生した原因は、台車製造過程で起きた問題に起因する」とした調査結果が発表された。この発表のあと、別の場で行われた川崎重工の記者会見で、亀裂が起きた台車について、製造過程で起きた問題点の説明が行われ、本来は絶対的な信頼性が求められるべき新幹線台車が、設計図面に記載された指示を無視し、極めて問題ある方法で製造されていた事実と、その原因とが明らかにされた。調査対象となった台車は、事故を起こした台車に留まらず、同世代に同じ図面で作られたJR他社の台車の他に、今回は公表はされていないが、別のメーカー作成の台車も含まれていると見られる。このことは、事故の当事者であるJR西に留まらず、JR他社を含めた関係者が、この問題を極めて深刻な問題として捉えていると言うことになる。現在、調査中とされる詳細な技術解析の結果を待たなければならない課題が残されてはいるが、事故の直接の原因については、電子顕微鏡などを駆使して緻密に調べていると思われるところから、発表された内容の信頼性は高く、今後に出されるであろう国の調査結果も、これに沿った内容になるのではと思う。

亀裂の起点と亀裂伝播の状況

　問題が起きた台車の主要な構成要素である側バリの位置を図1に示し、破断した部位を図中に示す。側バリは、プレスでコ型に加工された形の異なる図示の内側用と外側用の2枚の鋼板を溶接したもので、溶接線は図示のようにハリ上側と、図では見えない下側にある。

　側バリに生じた亀裂の状態を図2に示し、この付近における側バリの内部構造を図3に示す。亀裂が発生した付近での側バリの内部は、図3右に示すように2枚の補強(縦リブ)が挿入されている。今回の事故の発端となった軸バネを支える「軸バネ座」は、図3左に示すようにスロット溶接のために設けられた4つの穴などを通じて側バリに溶接されており、この溶接部の図3左に示す地点が亀裂の起点になったとしている。側バリの破断面を台車中心部側から撮影した写真（図3右）には、側バリ下面と軸バネ座との溶接部付近で発生した亀裂が、図中の赤い矢印に沿って伝播した状況が示されている。破断面の色合いを観察すると、側バリ下面は濃い褐色となっているところから、亀裂発生から発見されるまでに相等の日数が経過していることが分かる。報告では、亀裂が次第に広がって、側バリの下面が完全に破断するに至った時点、すなわち、亀裂が側バリ下面R部まで到達した時点から、R部の終端、すなわち、側バリ側面下部に伝播するまでの日数は、約7ケ月程度であったとしている。その後、亀裂が外部から容易に認識可能と思われる側バリの中心に達するまでに約40日程度要したと推定しており、発錆の程度も推定した所要日数に応じたものとなっている。亀裂が側バリ側面中央部に達してから発見されるまでの期間は特定してはいないが、極めて短時間であったと思われる。

　資料によれば、亀裂の起点と目されるスロット溶接部には、微小な割れ、すなわち、充分に溶着していない欠陥部分が認められたとし、亀裂発生原因の一つは、この溶接の欠陥にあったとしている。さらに、スロット溶接が行なわれた付近の側バリ鋼板の厚さは、本来は7mm以上あるべきところ、僅か4.7mmに過ぎなかったことを明らかにしている。側バリの原材料である厚さ8mmの2枚の鋼板を溶接して組立を行なう際に、内側と外側とを突合せ溶接する部分に段差があったために、軸バネ座との隙間を前述の狭小な値に保ちながら、側バリへ溶接するのが困難であった。このため、本来は絶対に削ってはならない側バリ底面母材を大幅に削り取ったとされる。極めて遺憾なこの行為と事故との因果関係を、JR西は言及してはいないが、側バリの強度が大幅に低下したことは疑いなく、この行為が事故発生に深く関与したと考えるべきであろう。加えて、軸バネ座についても、図2に示す軸バネがバネ座(上)を介して着座する側を、図4に示すように全面にわたって肉盛溶接と削正とを行なった形跡があったとした。報告では、当該行為と事故との関連性は全く言及していないが、このように軸バネ座に全面盛金を行なえば、母材及び盛金内部には少なからぬ残留応力が発生する可能性が高く、この行為が亀裂発生の一因になった可能性は否定出来ない。川重の記者会見でも、これらの適正を欠く一連の作業が亀裂の発生に影響を及ぼした可能性を認めている。

不正な作業が行なわれた背景

　耳を疑うような数々の不適正な作業が、絶対的な信頼性を担保しなければならない新幹線車両の中枢を製造する現場で行なわれていたことに、私は大きな衝撃を受けた。入念な作業を必要とする新幹線台車の溶接に多くの欠陥が見出され、台車の強度に密接に関係する部位が現場作業者の手によって削りとられ、恐らくは機械加工のミスを糊塗するがために、鍛造品である楕円形の軸バネ座の片側を、全面に渡って少なくない厚さで肉盛を行なう等の不正が行われていたのである。このような部品に溶接がなされた場合、盛金された内部や周辺に生ずる残留応力除去のために、必須とされる熱処理も行わなかった可能性が高い。これらの作業は、一作業者が行なったとは考えにくいから、恐らくは、現場の複数の作業者が示し合わせて行なったと考えるのが自然であろう。しかも、このような作業が行なわれた台車が、JR東海の台車も含めて多数発見されているのである。川重の記者会見では、現場の責任者は、側バリの母材部を削ることが禁止されていることを承知していながら、溶接ビード部周辺については、0.5mm程度の母材削正が認められていることを「拡大解釈」して母材を深く削り取ったと説明したが、筆者はこの説明をにわかに信ずることは出来ない。

川崎重工及びその主な源流である汽車会社は、国鉄・JRの在来線特急電車について、151系を嚆矢(こうし)として、485系、583系などを製造した最大手の車両メーカーである。当時の汽車会社は、これらの台車設計の中枢を担い、国鉄は乗り心地に優れ、保守が容易な台車を長年にわたって賞用してきた。その過程では、当然のことながら、多くのトラブルが起きた。151系で使われた初期の溶接台車DT23は過剰な軽量設計に起因して亀裂発生により全数取替を余儀なくされ、自由席車の導入による設計荷重の大幅超過などにより185・485・583系向TR69系台車にも亀裂が多発して,特定系列の台車の全面交換を強いられるなどの事態が起きた。2つの重大なトラブルでは、台車側バリの鋼板厚さを3mm増加させることなどで対応したのだが、これら台車の原設計を担った汽車会社及びその後の川崎重工は、これらのトラブル解決のために国鉄に全面協力したので、その経緯は充分に承知している。古(いにしえ)に起きた台車枠の亀裂を鋼板肉厚の3mm増加で対処したことを思えば、それが40年近くも昔に起きた事故であったとしても、台車側バリを最大で3.3mmも削り取ると言う無謀な行為は、現場の規定を「拡大解釈」して実施したとは思えない。

　問題の台車は、700系からN700系に設計変更がなされた直後に作られたとされる。ということは、この設計変更によって製造現場の作業に問題が生じたのであるが、その問題が放置されていたということにもなる。つまり、製造部門と設計や資材部門との間の意思の疎通がなされていなかったことになるのではないか。筆者は製造会社での設計の経験はないが、新しい車両が登場し又は大幅な設計変更が行なわれた場合、初の出車(でぐるま)が製作される過程で設計部門と製造部門とが口角泡を飛ばして議論する場があることは承知しているし、このような場を通じて車両の出来栄(できば)えが向上することも承知している。新幹線車両の場合には、複数のJRと複数の車両メーカーとが、同じ図面で車両を作るのであるから、JR及び車両メーカーの設計担当者は、製造現場の声をより積極的に汲み取る必要があると思われるのだが、少なくとも、これらの間の意思の疎通を積極的に行なうべしとの話しは出ていない。川重の記者会見で、首脳陣は現場が図面や仕様書などを遵守することに欠けていたことについて反省すべき点があったと述べた。事故の本質は、新しい系列の台車を初めて製作するに際し、図面や材料に問題があって、現場が対応に苦慮し、処置を誤まったことにある。ところが、事故を機に現場の声に、より積極的に耳を傾けることとしたい旨の言は、会見の場では聞かれなかった。川重の首脳の方々は、現場の規律を正すことだけではなく、これを機に製造現場で起きた問題や悩みに積極的に耳を傾けることも心がけて頂きたいと思う。

JR西に課せられた課題

　亀裂が側バリ側面下部、すなわち、目視で認識可能な位置に至ってから、側バリ中心に達するまでの期間は約40日程度と推定していることは前述した。従って、事故発生の12日前に行った交番検査で検査係が当該部位に注目していれば、亀裂は発見出来た可能性がある。そのように述べると、厚い塗装の上に油や埃が覆い被さった側バリに潜む微細な亀裂など、簡単に見つけられるはずがないと言う方が多いと思う。この説に私は与しない。現代の鉄道工場では、油や埃に塗れて入場する台車は洗浄装置で徹底的に汚れが落とされたあと、要注箇所は非破壊検査が行われるが、それ以外の部位の目視検査は積極的には行ってはいない。SL時代には、巨大な台車枠を丸ごと洗浄する装置はなかったから、ロッド、車輪、ボイラ及びキャブなどが取り外されたあと、残された台車枠本体は機関車職場の主棟に鎮座し、本体にこびり付いた埃はスクレーパーやワイヤブラシを使った人海戦術で削ぎ落とされ、並行して台車枠の亀裂及びボルト・リベットの緩みなどの検査が目視やハンマー等で行われた。筆者が鉄道入社直後に機関車工場に勤務していた頃、台車枠の要所はカラーチェックなどの非破壊検査技術が既に導入され、亀裂を早期に発見するため、走り装置は清掃を徹底すべしとの指導が強く行われていた。

　しかし、同じ職場事務所で入場機関車の足回りを検査する超ベテランの担当者は、私に「埃が付いていた方がキズは見つけやすいんだ。」と語っていた。事実、機関車が解体されるより前に、本人は台枠下に潜り込んで、埃にまみれた台車枠に潜む微細なキズを素早く見つけ出していた。そのコツは、台車枠表面の埃付着の状況や、塗料や埃の下に潜む古キズや破断面から滲み出る赤錆（いわゆる「皸(あかぎれ)」）などからキズを見つけ出すもので、彼が指摘した場所をワイヤブラシで磨くと、多くの場合、目視で分かる鮮明なキズが現われ、それが出ない場合は、カラーチェックを行なうと目視では判別できない微細なキズが見付かった。破断面や微小なキズの周囲に皸が生ずる理由は承知していないが、亀裂内面や破断面に生ずるラッチェット・マークやビーチ・マークと呼ばれる「ギザギザ」が外力を受け、擦れあう過程で発生する微細な磨耗粉が破面から周辺に飛散し、錆となった状態を捉えているのではと思う。私はそのような現場を数多く見てきたので、埃やペンキの下に潜む目視では発見困難なキズであっても、皸を伴った亀裂であれば、今でも見つけ出すことが出来る。と言っても、現代の鉄道工場で行われている非破壊検査は無用と申し上げているわけではない。

JR西が行なった緊急の超音波非破壊検査で見付かった側バリの欠陥は、ベテランのSL検査係でも発見できなかったであろう。だが、トラブルが起きた部位は超音波が入射しやすく、しかも、欠陥を持つ部位からの反射エコーも容易に捉えやすい位置にあったことが幸いして、多くの不正な加工や、多くの溶接の欠陥が明らかになったのである。現時点では要注箇所に指定されていない場所に、今回と同じような不正加工や溶接ミスが潜んでいるケースはあり得る話であって、そのような場所で今回と同様の事故が起きた場合に、同じ手法で対応できるとは限らないのである。現在JR西が緊急に行なっている検査は現場の負担が大きいと推定されるので、問題箇所の調査が一巡した後は、これを持続して行なう必要はないと思う。今回の調査結果を踏まえれば、定例的な非破壊検査が行われている要注箇所以外でも、今回と同じような不正な加工が行われている可能性が皆無とは言い切れないのだが、台車枠全ての部位に今回と同様の検査を施すことは技術的にも能力的にも不可能である。

このような事態を防止するために、SL時代に行われていた前述の検査手法を取り入れることが良いと思う。この方法は、要注意箇所以外の部位全てを目視検査し、交番検査の際にも、埃にまみれた台車に潜むキズを目視で検査する。今回の事故の前に行なわれた交番検査の際に、側バリが目視検査の対象に指定されていて、眼力ある検査係が検査を行っていたならば、間違いなく亀裂は発見出来たであろう。10ｹ月前の全般検査の際には、亀裂が側バリのR部に至らない段階であっても、破断面から滲み出た相当量の錆が既に軸バネ座と側バリとの狭小な隙間に付着していた可能性は高く、この段階で目利きの検査係の手にかかれば、亀裂は発見し得たかも知れない。先の東武東上線脱線事故調査報告書も、台車枠に発生した亀裂は極めて長い時間を掛けて進展する事実を明らかにし、目視検査でも発見できる可能性を示唆した。この検査を実施出来る人材を一から養成するには及ばない。現在、JR西を含めSLを運行する鉄道は、SLの巨大な台枠を丸ごと洗浄する装置など持っていないであろうから、台車枠は特に問題のある部位を除き、昔と同様の方法で検査を行なっていると見られる。そこで、現代のSL検修の現場が持っているノウハウを新幹線の現場に流用すればよいのである。

今回の事故を振り返ると、検査を実施すべき部位を、設計データや従前の実績に過度に依存し過ぎたのではないかと思う。応力解析で高い値が出た要注箇所に対しては信頼性の高い非破壊検査を実施してはいたが、反対にデータから見て全く問題がない箇所は、目視検査を重視して来たとは言えないと思う。事故は予想もしなかったメーカー側の原因で起きて、思わぬ隙を見事に突かれた。最近の重大事故は福知山線事故に見られるように、鉄道人にとって全く想像もしなかった事由で発生する場合がある。新幹線の安全に関わる関係者は、日常の作業を行う上で些少な事故の兆候と思われる内容を決して見逃してはならないし、そのような問題が上層部に報告された場合、幹部はその声に積極的に耳を傾けることが何よりも大切と思う。

以上

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