鉄道を斬るNo.35
2017年11月26日

JR東日本で多発する電車線トラブル

- 東鷲宮駅で起きた信号故障に関連して -


永瀬 和彦

事故の概要

報道などによれば、平成291023日の正午近く、台風の影響で運転を中止していた首都圏の東北本線電車が運転を再開した直後、久喜~東鷲宮駅間(実際は東鷲宮構内)で架線に電力を供給する図1に示す「き電線(以下、「キ電線」という)を懸架する懸垂碍子が破損し、垂下したキ電線が電柱の間に渡されたビームに接触・地絡して送電不能となり、付近走行中の電車3本が立往生した。図1は、この事故内容をご理解頂くために、事故とは関係のない西武新宿線の電車線の主な名称を写真で示したものである。早期の復旧が困難なため、立往生した電車の乗客は最寄り駅までの歩行を余儀なくされるなどの大きな混乱が起きた。復旧にも手間取り、ダイヤがほぼ所定に回復する1025日までの間、東北本線は半身不随状態となった。


TVは線路脇を歩く大勢の乗客及び立往生した電車の反対側線路に横付けした電車に収容される乗客の姿を報じ、ネットには図1及び図2に示す懸垂碍子下部のピン金具が抜け落ち、キ電線が垂下してビームに接触している生々しい状況や、恐らくは、これによって火事と見まがう大きな火花やアークが発生したためであろうか、火災発生を懸念して駆けつけた消防車群などの姿も掲載された。

復旧に足掛け3日も要した事故は台風の被害報道にかき消されて、復旧が長引いた原因は信号が故障したためとの三行記事が紙面に載っただけであった。しかし、この事故はJR東の大きな失態によって起きたと言われても仕方がないと思う。というのは、昨年の3月に高崎線籠原駅で今回と全く同じような事故が起きて丸2日以上も高崎線はマヒ状態となり、事故直後にJR東は原因と具体的対策とを公にし、事故の再発防止を約していたのである。1年足らずの間に、同じように大きな輸送障害が起きた問題点についての私見を述べさせて頂く。なお、筆者はこの事故について、JR側から具体的な情報を得たわけではないので、細部については、些少な誤りがあり得ることを予め、お含み置き願いたい。

電車へ電力を供給する電車線のメカニズムと問題点

電車へ供給される電力は、鉄道専用の変電所から線路の沿線に張られた図1に示す「キ電線」に先ず給電される。キ電線に供給された電気は、キ電線とトロリー線とを結ぶ「キ電分岐線」を通じて、ちょう架線によって一定の高さに吊り下げられたトロリー線に供給され、パンタがこれに接触して集電する。従って、電車線は、
1)現場までの電力供給の役割を担う「キ電線」
2)トロリー線を均等な高さに保つ「ちょう架線」
3)パンタへの集電を行なう「トロリー線」
を主な要素として構成されている。
電車線を保守する上での要注意箇所は、パンタが直接に高速で接触するトロリー線であり、電車線に関わる事故の殆どもこの部分で起きている。昨年の籠原事故と同じ事故を起こしたキ電線には直流の大電流が流れているが、使用環境はトロリー線のそれに比べて遥かに穏やかで、構造もシンプルである。このためであろうか、最近までは、キ電系統に関わる大きなトラブルの発生を筆者は承知していない。しかし、もし、キ電系統で地絡が起きた場合には、流れる電流が大きいだけに、深刻な被害が起きて、最悪の場合には、人的被害が出る可能性もある。

事故の直接原因

ネット掲載写真から推定すると、事故は東鷲宮駅下り第1場内信号機内方にある貨物到着線用分岐器直近海側に建植された側線用架線電柱上で起きたと思われる。図2は、事故の引き金となったキ電線を吊り下げるJRの標準的な懸垂碍子の外観を示す。現場のキ電線を吊っていた図2に示す懸垂碍子のピン金具が碍子本体の陶器から抜け落ち、キ電線がビーム上に垂下して地絡したことが、事故の直接の原因であろう

碍子から脱落したピン金具は、図2に示すように陶器本体の深い窪みに挿入され、セメントで陶器と接合されている。汎用の懸垂碍子の破損について、その原因はセメントと陶器との接合部の経年劣化による強度低下が多いとされ、接合部経年劣化の進捗状況は、近年の研究でほぼ解明されている(森田他、電学論B, Vol.117, No.12)。論文では、昭和50年代以降に製造されたJRの事故現場とほぼ同じ碍子について、電車線で通常使用されると同等の荷重(課電破壊荷重の2割程度)の下で劣化する碍子は、約50年の間に1000万個で僅か1.5個に過ぎないとの結論を導き出している。この研究は、電力会社の送電網に使われる碍子についての研究ではあるが、学ぶべき点は少なくないと思う。

現場の線路は、昭和
56年に東鷲宮駅新規開業して以降、途中に長い休業期間があり、最近、貨物駅として再開業してからも、不定期列車が時折走行する使用頻度の低い線路なので、学説に従えば、現場の碍子が経年劣化を主因として破損したとは考えにくい。鉄道用碍子損壊原因の多くは、塩害による碍子表面の閃絡、雷による放電、漏洩電流による電蝕などとされる。前記の研究でも、これらを引き金として発生する「内爆」により碍子が損壊する可能性を否定してはいないのではあるが、通常の碍子はアークホーンなどに保護されて、これらを原因として損壊が起きる可能性は低いとしている。

電車線が地絡した場合に懸念される問題点

今回のようなトラブルが起きた場合、キ電線の地絡を検知した変電所は遮断器を即座に動作させ、併発事故を防止出来る仕組になっている。さらに、東鷲宮駅の側線のキ電系統は本線とは区分されているのだから、事故後は、事故現場の側線だけに「キ電停止」をかければ、復旧作業を待たず、極めて短時間で運転を再開出来得た。昨年の籠原事故を踏まえ、抜本的な対策が執られていたはずなのに、何故に同じような事故が起きたのであろうか。

電車線が地絡した時、本来は動作すべき変電所の遮断器が動作せずして起きた惨事に、昭和26年に現在の根岸線桜木町駅で起きた電車の火災がある。この事故を契機に、電車線の地絡による重大事故防止のために、変電所における事故電流検知性能の向上並びに電車の屋根上絶縁強化及び不燃性材料の導入などが行なわれた。これら対策が功を奏し、その後は電車線の不具合に起因しての大事故は、近年までは起きていなかった。

しかし、昨年に籠原駅でキ電線がビームに垂下した事故では、架線の高圧電流が構内の信号・通信系統が流れ込んで、駅及び車両基地の連動装置や転轍機を始めとする重要機器類の多くを焼損させ、復旧には2日以上を要した。焼けただれた駅の連動装置が紙面に大きく掲載されたことは、我々の記憶に新しい。今回の事故の原因と被害の詳細は公にされていないのではあるが、復旧に前回と全く同様の時間を要したこと及び消防車が多数現場に駆けつけたことから見て、籠原駅で起きたと同じように、東鷲宮駅の信号装置などが焼損したのであろう。

このように、電車線が直接に車両や電柱などに地絡した場合、地絡した場所周辺に大きな被害をもたらす。電車の屋根上で同じ事態が起きた場合には、たとえ、変電所の遮断器が迅速に動作しても、巨大なアークで溶損した屋根の金属部材が車内客室に降り注いだ事例が少なからず起きており、パンタ下の車内に乗車していた幼児の腹部に溶けた金属片が落下して全治2ケ月の火傷を負う大変に痛ましい事故が、数年前に起きているのである。最近のJRの電車線は後に示す図6のように、ちょう架線とキ電線とを兼用したタイプが多いのだが、このような重装備の電車線の懸垂碍子が損壊し、垂下した電車線が電車に衝撃した場合、屋根上の絶縁材を損傷させて地絡が発生し、乗客の身に危険が及ぶ可能性は否定出来ないと思う。加えて、最近は高い回生率を持つ車両や、沿線に設置されたピーク電流軽減用の蓄電池が変電所における事故電流の検知をより困難にしていると思われるが、この問題に関してのデータもあまり蓄積されていない。従って、アルミ車体の電車に電車線が地絡して、事故電流の瞬時の遮断に失敗した場合には、融点の低いアルミは溶融して車内に降り注ぐ可能性があり、海外ではこのような事態が実際に起きた。このような重大事故の発生が完全には否定できないのに、これらの問題は変電、電力及び車両の「境界領域」にあるために、事象の解明や問題の改善が体系的に進められているとは、言いがたい状況にある
 

碍子損壊の原因は

電車線で起きる主なトラブルは、パンタが関与するものを除けば、飛来物、落下物、鳥害及び電車線の凍結などだが、これらに対し鉄道独自でたてられる対策は限られている。稀に起きて、最も厄介なのが碍子の損壊で、籠原事故で壊れた碍子は1991年に取り付けられ、2017年に取り替える予定だったとされる。JR東は最近、同じ形の碍子が3ケ損壊していることを踏まえ、関東地方にある同じ碍子8万個を一斉点検すると発表していた。同社の関東地方の直流電化延長キロから見ると、この数はやや少ないように思うのではあるが・・・。事故を起こした東鷲宮の碍子は、1991年より前の設置であろうから、昨年の籠原事故を踏まえて取り替えたはずなのに、事故が起きた。

ところで、前述のように、通常の碍子、つまり、街中の電柱で見られる懸垂碍子の寿命は、前述のようにJRが考えている想定寿命より遥かに長いとされているのだが、両者の碍子に作用する荷重に大きな差異があるとは思われない。敢えて差異を挙げれば、街中の送電系統が交流で被覆電線であるに対し、電車線は直流で裸線だから雷害には弱いこと及びパンタの押上げ力に伴う荷重変動が存在する程度である。では、何故に電車線の碍子に、近年、トラブルが多発するのであろうか。図3は、1975年から2015年の40年の間に、気象庁が管轄する全国約1000箇所の観測点が1時間に50mm以上の豪雨を観測した回数を示す。頻度は図3に示すように毎年20回も増加しており、近年の異常気象の増加を裏付けている。近年に台風の襲来が倍増した話は聞かないから、集中豪雨の増加に応じて、巨大積乱雲、つまり、巨大雷雲の発生もまた急増していることになる。JR東の碍子損壊が近年に少なくないのが事実なら、その原因は雷害、つまり、従来の電圧を大幅に超えたサージが電車線に印可されている可能性も疑うべきであろう。

このような主張に対し、懸垂碍子は耐絶縁性向上のために最近は全て2個連で使われており、絶縁耐力の上では問題ないと言われるかも知れない。確かに、戦前に電化された区間の懸垂碍子は図4に示すように単独で使われていた。しかし、昭和24年の奥羽線の福島~米沢間の直流電化の際には、図5に示すように既に碍子の2個連化は行われていた。そして、異常気象の傾向が明確に現われだしたのは、図3が示すように昭和621987)年頃からで、積雪地帯における降雪のトレンドも筆者が別の場で述べたように、この頃を境に大きく変わり(鉄道ジャーナル, 20067月号, pp. 70-81)、日本海側平地の年間降雪量は激減して閉鎖に追い込まれたスキー場も存在する。

 

電車線の保護対策

落雷などによる異常電圧から電車線を守るために高品質の碍子が使用されており、万一、雷害により電車線に異常電圧が加わっても、図6に示す避雷器により最悪事態が防止出来る仕組となっていることは筆者も承知している。しかし、前述した最近の明らかな異常気象の増加を踏まえれば、落雷により電車線へ印加される異常電圧の値や、発生頻度は増大していると考えるのが自然であろう。異常気象によって巨大化した積乱雲から従来ない高いレベルの雷撃を電車線が受けたとき、図6に示すか細い接地線で異常電圧を地中に逃がせるのだろうか。現行の基準値には問題はないのであろうか。現に、籠原でも東鷲宮でも、電柱やビームの接地が充分になされていたならば、変電所が長い時間にわたって異常を検知出来なかった事態や、殆ど全ての信号機器類を焼損させたあのような深刻な事態は起きなかったのではないか。

電車線の異常検知にきめ細かい方策の導入を 

電車線に関わるトラブル防止のためには、日常の碍子の検査や定期的な交換を確実に実施することが基本である。しかし、異常気象に備え、さらに、電車線の電車への地絡による乗客への不測の事態を確実に防ぐためには、筆者は保護装置を抜本的に変える必要があると思っている。電車線が地絡した時、変電所は電流の急激な増加(いわゆる⊿I)を検知して遮断器を動作させる。過去に電車線が電車に地絡して、乗客の身に危険が及ぶ程に車両が損傷した事例の多くは、事故発生から僅か0.1s程度で遮断器が動作しているのに、その間に数千Aにも達する電流が流れている。一方、報道等によれば、籠原や東鷲宮事故の際には、長い時間にわたり電柱等から火花が出続けたという。この事故で流れた電流は、変電所が日常的に供給する電力より遥かに低レベルであったために、異常を検知出来なかったのであろう。電車線電流という大河の流れを守るための堤防とも言うべき現行の保護装置は、蟻の巣穴から漏れ出る程度の僅かな漏水を認識するのは難しいのである。


このような問題に対処するためには、変電所又はキ電区分所で電車線の異常電流を集中監視する現行の方式に代えて、キ電線電流検知用のセンサーを広く分散設置した新しい概念の監視網を構築するのが良いと思う。その実施例を示す概念図を図7に示す。このシステムの基本的考え方は、
1) 電車線電流の変化や勾配を検知するセンサー(CT)網を広く張り巡らす。
2) 必要に応じ、帰線電流の監視網も併設する。
3) 運転用以外の微小な漏洩電流検知のため、列車在線情報などを併用する。
である。この方法をとれば、キ電線を流れる大電流に潜む微弱な事故電流も容易に検知できる。システムの基本要素であるセンサーCTの構造は極めてシンプルで、電柱上のキ電線に装着出来、さらに、変電所間隔が長い箇所に設置されているキ電区分所を廃止できると言うメリットもある。

今後の課題

JR東の電気関係については、今回の大規模な輸送障害以外にも、秋葉原の電柱倒壊、蕨交流変電所の誤操作による大規模停電など、人的ミスによるトラブルが連続して起きた。しかし、JRの電気系統のルーツを戦前にまで遡れば、信濃川水系に当時は日本最大であった二つの発電所を建設し、発電所から首都圏までの240kmに及ぶ当時としては画期的な154Vの高圧送電線を谷川連峰を越えて建設し、日本領土であった朝鮮鉄道の直流3000V電化に関与し、さらには、将来の近畿圏電化を見据えて、熊野川水系十津川に直営の発電所の設置を計画するなどして、日本の電力業界で指導的な役割を果たした鉄道省電気局のテクノクラートに行き着く。このように光り輝く先輩を持つ技術者集団が何故に、さして高度な技量を要するとは思われない電車線の保守で、このようなトラブルを引起すのであろうか。ヘリや車などの見るべき機材がない戦時中に、谷川連峰越えの高圧送電線を雪害から守った諸先輩の目から見れば、街中の電車線の保守など温室の中での作業と思うに違いない。

私は、昭和30年代から始まった国鉄動力近代化によって電気関係業務が急増した時代に、「電気系統の技術者はカタログ・エンジニアに徹すべきだ。」との方針に沿って人を育てたことに大きな問題があったのでは思っている。鉄道に職を得た直後にこの言を聞いたとき、SLのキャブによじ登ってハンドルを握り、ハンマーを握って機関車の下に潜る日を心待ちにし、将来は車両設計や車両検修への新技術導入に携わりたいと思っていた筆者は、少なからぬ違和感を覚えたのを今でも鮮明に覚えている。今回の一連のトラブルの背景には、現場に疎い担当者が一連の業務を関連企業に丸投げしている姿が浮かび上がってくる。関係者は、往年にわが国の電力業界をリードし、谷川連峰で深雪に埋もれた高圧送電線鉄塔を雪害から守り抜いた先輩に思いを致し、自らが架線柱に登って碍子を目視検査する作業を学んで頂きたいと思う。
(以上、写真は全て筆者撮影)


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