鉄道を斬るNo.34
2017年5月1日

踏切の安全性を向上させるために

− 京急八丁畷駅踏切事故に思う −


永瀬 和彦

事故の概要

報道によれば、平成2941599分ころ、京急八丁畷駅直近の品川方にある川崎第1号(八丁畷逆1号)踏切道を京成高砂発三崎口行快速特急が通過の際、電車運転士は踏切内で男性が高齢の男性を線路外に押し出そうとしている姿を見つけ、停止手配をとったが間に合わず、2名は共に触車して死亡したとされる。

事故現場

現場は京急川崎駅付近の連続高架橋から地平に降りた付近に位置し、八丁畷を通過する列車は時速120キロ近い高速で走行する区間である。踏切は上り線(山)側は二つの道路が、下り線(海)側は三つの道路が踏切上で交わるが如き状態、つまり、五叉路交差点が踏切上にあるが如き形態となっている。このためであろうか、京急はこの踏切の安全確保には特段の注意を払い、踏切の車道と歩道とを完全に分離し、車道の両側に独立した二つの歩行者専用の踏切道と遮断竿とを設け、警報灯は全方位形が取り付けられ、障害物検知装置及び踏切支障押ボタンも装備されている。加えて、警備員が配置される時間帯もある模様である。つまり、鉄道の常識で見た場合、この踏切道は最高レベルの安全設備を備えていた。

高齢者を助けようとして犠牲になられた働き盛りの銀行幹部の大変に痛ましい死を惜しむ多くの報道がなされている。非常に残念なことに、このような事故又はこれに類似した事故は時折起き、事故に至らないまでも、間一髪で最悪事態を免れる例も少なからず発生している。もちろん、このような状況が徒に放置されている訳ではなく、関係者は今でも多くの労費を踏切事故防止対策に割いており、その甲斐あって、最近20年の間に事故は半減していることを筆者も承知している。とはいっても、あわやと言った事態は、いまも全国の踏切で、毎日、起きている。筆者が大変遺憾に思うのは、鉄道側の僅かの気遣いによって、かような事象の少なからぬ件数が防止出来ると思われるのにである。

そこで、今回、高齢者の命を救わんとして、尊い命を落とされた方に報い、踏切事故をより少なくするために、踏切が当面する問題点の幾つかを論じさせていただく。

踏切を取り巻く社会情勢

最初から少し問題ある表現をさせて頂いて恐縮なのであるが、踏切は鉄道関係者にとって厄介者的な存在である。安全確保の上で大きな妨げになるだけでなく、鉄道の経営に資することもない。踏切に関わる事故が起きても、事故原因の多くは踏切利用者側にあり、鉄道の責任が問われることは稀で、踏切事故の多くは鉄道側にとって、貰い事故なのである。さらに、踏切を根本的に改良するには巨額の経費と沿線地権者などの同意が必要で、一筋縄で片付く問題ではない。このような背景が、鉄道をして踏切の改善に取り組む姿勢をセットバックさせてきたのであろうし、最近、国が全国で600に近い「開かずの踏切」を指定して、関係者に改善を迫るに至った背景も理解出来ようと言うものである。もちろん、事故防止に積極的ではない鉄道が全てかと言えば、そのようなことはなく、一部大手民鉄の中には、沿線の町内会などを通じ構築したパイプを使って、利用者の意見を徴し、踏切道の拡幅、交通規制及び掲示板の改良などの安全性向上に積極的に取組んでいる鉄道もある。しかし、これは例外に属し、近隣住民や地域のために、踏切を改善して安全性を向上させようと積極的に行動している鉄道は決して多くはない。

踏切の道路としての機能を維持する責任者(道路管理者)は、国、県、市、特別区、町及び村など実に多様である。これら道路管理者のなかで、国は鉄道と比較的太いパイプを有しているが、小さな自治体のなかには、鉄道とのパイプがほとんどない例も多い。比較的大きな自治体の道路管理者ですらもが、JRや大手民鉄の極めて硬直した対応に困惑している例も聞き及んでおり、鉄道側の踏切に対する思いが透けて見える。

踏切道に係る行政は、道路側は国家公安委員会(警察庁)と国交省とが、鉄道側は国交省が司っているのだが、踏切道は鉄道用地であるためか、両省庁ともこの問題に関しては、腰が引けている。そのルーツは今から半世紀も昔に遡る。昭和40年代に自動車の急増に伴って踏切事故も急増し、国鉄と警察庁とは昭和41年に踏切の安全に係る協議を開始した。その途上、交通渋滞の一因である踏切での一時停止の廃止を強く主張する警察側と、これに絶対反対を唱える国鉄側との交渉が決裂し、仲裁に入った当時の運輸省も匙を投げるという深刻な事態が起きた。この協議で得た数少ない成果の一つと言われたのが「交通信号」である。その仕組は、本線上の踏切脇に設置された図1に示す交通信号機が「青」の場合、踏切での一時停止を不要とするものである。この設置が遅々として進まないのも、警察庁が当時の国鉄の踏切問題に係る取組に不信感を抱き、これが長く尾を引いたためと言われている。



踏切の安全性向上に関わる法令

踏切設備の安全基準に係る規則は、民営化以前の国鉄は内部規定で、民鉄は運輸省の多様な通達で定められてきたのであるが、現在は、踏切の設備が備えるべき基本的な考え方を示す省の告示(「技術基準」)にほぼ一本化され、詳細は原則として鉄道の裁量に委ねられている。つまり、立体化による踏切の廃止以外の具体的な安全策の実行は、個々の鉄道の裁量に委ねられているのである。他方、道路側については、通行人や車に一時停止による安全確認などを義務付けた「道路交通法」がある程度である。
一方、踏切の安全向上策に関わる法令等は、当時の建設省と国鉄との間で昭和33年に結ばれた「建国協定」及び昭和36年に時限立法として制定されて、その後に幾度か改正を繰り返して現在も有効な「踏切道改良促進法」があり、昭和44年に当時の運輸省と建設省との間で結ばれた「運建協定」もあったが、現在は改良促進法にほぼ集約されている。これら法令は、主に立体化すべき踏切の基準や費用負担などを定めたものである。
遅々として進まない踏切安全対策を進捗させるために、前記の「踏切道改良促進法」が日切れとなる平成284月に大幅に改正された。改正の骨子は、平成18年法改正で新設された国による「開かずの踏切(指定踏切)」の指定に、知事及び沿線自治体首長が関与できる場を設け、鉄道側との合意を得られない場合でも指定を可能とした。平成284月に58箇所が指定され、今年1月に529箇所が追加され、現在は587踏切が指定されている。従前の改良策は立体交差化が主体であったがために、改良は100年清河を待つに等しかった。今後は指定踏切の改良策が、沿線自治体が加わって新たに設けられる協議会などの場で議論されることになる。

踏切事故の主因

国交省が調べた平成26年度の踏切事故の原因は、50%が直前横断、踏切内滞留が30%で、両者で事故原因の大半を占める。この事象だけを見れば、無謀な車や歩行者の姿を思い浮かべてしまう。だが、良く考えれば、列車の接近を承知の上で、危険を犯して直前横断する歩行者や、危険を承知で踏切内に止まる車などあまりないと思う。つまり、このような原因の裏にある背景までは言及してはいないのである。

筆者が日常的に利用するのが、西武新宿線の高田馬場2号踏切である(図2及び図3)。この踏切は指定踏切ではないが、幅員は狭小で、北側は幹線道路(新目白通り)との交差点で、近隣に多くの事業所や学校があって、朝間混雑などによるダイヤ乱れで踏切の遮断時間が長引くと、踏切には長蛇の人や車の列ができる。すると、痺れを切らして遮断竿を突破する通行人が出る。やっと開いた遮断竿を渡り始めた車は、同じく踏切に殺到する通行人に道を阻まれたり、先に渡った車の信号待ちや対向車が現われるなどで身動きが出来なかったりするうちに警報が鳴り出し、車は必死に遮断竿を突破して踏切外に脱出し、図2に示すように遮断竿がポッキリという事態や、図3のように車が踏切内に閉じ込められる事態を筆者は何度となく見てきた。現場は半径158mの急カーブのため、電車の速度も低く、幸いにして大事に至った例を筆者は承知していない。


開かずの踏切の実態 ‐ 冗長な遮断時間 ‐

大都市圏で指定を受けた踏切の多くは、踏切によって人及び車の往来が著しく阻害されている踏切である。従って、踏切の遮断時間が短縮されれば、問題の多くは改善される。そこで、列車の通過によって、踏切がどの程度位遮断されるかを見てみよう。列車が踏切周辺を通過する速度が低下するほどに、踏切支障時間は長くなる。通勤電車が最も低い速度で通過する典型的な踏切は駅進出側のホーム直近にある踏切であり、10両編成電車が2.0(km/h)/s程度で加速した場合、踏切通過に要する時間は27秒程度である。従って、警報開始から電車が踏切に進入するまでに確保すべきとされる標準時間30秒(旧運輸省告示)及び電車の踏切通過後の遮断竿開扉に要する時間を含めても、10両の電車が踏切を遮断する時間は最大でも1分程度以下ということになる。電車が高速で通過する駅間の踏切や、電車の編成が短い場合、支障時間はこれより遥かに短くなる。高密度線区の最短運転時隔は2分程度であるから、上下の各停の通勤電車が等しい時隔(1分毎)で交互に着発する複線区間の駅近傍踏切でも、開かずの状態になることは本来はあり得ないのである。開かずの踏切の存在は、警報制御が適正に行なわれていない、すなわち、踏切の警報時間が冗長に過ぎる証でもある。

冗長な遮断時間を短縮する方法 ‐ 列車選別装置とその歴史

踏切の警報は、列車が踏切外方の特定点(始動点)に至ると動作を開始する。このため、警報開始から列車進入までの時間は列車の速度に応じ、多様に変化する。始動点は最速列車に合わせて設定されるので、通過列車が多い駅近傍にある踏切の警報時間は、通過列車には適正でも、各停には冗長となって、各停と通過列車との警報時間差は1分以上に及ぶ事態も起きる。開かずの踏切の発生原因の一つである。
これの対応策、すなわち、急行と各停とを判別し、列車の種別に応じ始動点を変える装置を緩急又は急緩選別装置と通称し、大都市圏の民鉄で広く使われている。この方式にもっとも積極的に取り組んで来た鉄道の一つが小田急である。踏切遮断機の殆ど全てが踏切警手と呼ぶ係員によって手動操作されていた昭和35年、当時の祖師谷大蔵駅構内の踏切で、夜間に係員が通過電車を各停と誤認して遮断機を降下するタイミングを誤り、地方から上京したばかりの若者が通過電車と蝕車して死亡する痛ましい事故が起きた。私の記憶に誤りがなければ、この事故を契機に、小田急は列車の前頭上部の両側(特急・急行)又は片側(準急)に、昼間でも遠方から認識可能な白色のいわゆる急行灯(列車種別識別灯)を点灯させ、踏切係員などが列車種別を容易に識別出来る仕組を導入した。


その後、踏切の自動化に伴って導入された急緩選別装置は、設定を主要駅が手動で行うこととなったために、連動駅などの出発信号機直下に、進路にある踏切の急緩設定状況を運転士に告知する図4に示すような表示灯が設置された。踏切の自動化により急行灯が廃止され、急緩の設定が自動化された現在でも、小田急はこの表示灯は存続させている。運転士が前方を注視する際に最も神経を使う対象の一つは、通過駅のホーム先端付近にある踏切である。急緩選別の設定誤りが想定されなくなった現在でも、表示灯が存置されている理由の一つは停車駅通過防止にあるのだろうが、表示灯の点灯を確認した急行電車の運転士は、通過駅のホーム先端にある踏切の警報機動作の状態を気にせず、安心して運転できるだろうなと思う。
各停が停車駅を誤って通過するのを防止するシステムを導入している鉄道の一部では、各停が停車駅で停止位置目標を大幅に過走する懸念がなくなったために、ホームの進出側にある踏切に対して、緻密な急緩選別を行うようになった。高密度線区の駅近傍の開かずの踏切の多くは、このように緻密な急緩選別装置を導入すれば、解決される可能性が高いのだが、JRの多くや一部の大手民鉄では、これを積極的に導入してはいない。最近の車両の殆どは、列車番号及び列車種別を地上に伝送する装置を搭載しているのだから、今後は指定踏切以外でも、この装置と急緩選別装置とを併用して、開かずの踏切の解消に努めるべきと思う。


急緩選別装置の問題点

各停しか止まらない駅近傍の踏切に急緩選別装置を導入した場合、交通量が特別に高い踏切を除いては、道路側に渋滞が起きるケースは多くはないと思われるかも知れない。しかし、実際には、そのような装置を導入した踏切であっても、時として踏切が長時間にわたって遮断され、道路の交通に大きな影響を及ぼしているのが実情である。原因の多くは、5に示すように先行列車の遅れなどによって、踏切周辺の信号機に停止信号が長く現示され、停止現示を受けた列車は急行であっても踏切の手前に信号待ちで停車したり、緩速運転を強いられたりして、踏切が長時間遮断されるためである。昨年に国の第1次指定対象となった58開かずの踏切のうち、過半数に近い25が京王電鉄の踏切であったが、そのほとんどは代田橋〜千歳烏山間にある。原因は朝間混雑時に明大前駅を中心として発生するダイヤの乱れにより、図5に示すと同じ現象が起きているためと見られる。国の第2次指定で、首都圏で最も多くの58踏切が指定された東武鉄道(JR東は47)の状況をみると、指定踏切の多くは伊勢崎線や野田線の主要駅付近にあって、踏切付近の状況は京王線明大前付近と同じである。このような状況を踏まえれば、駅周辺の踏切に取り付けられている急緩選別装置は、混雑時間帯に限っては、開かずの踏切対策としてあまり機能しているとは思われない。


多くの鉄道で無閉そく運転が原則禁止され、ATSが完備した現在、列車が図5に示す停止現示の閉そく信号機(矢印)を冒進して、その内方にある踏切に突入する可能性が皆無なのだから、停止現示中の閉そく信号機の直近内方にある図示の踏切の警報動作を止めるだけで、幾つかの踏切は改善されると思う。駅の出発信号機直近内方に踏切がある場合、停車時間の長い列車によって踏切が長時間遮断されるのを防ぐために、JRを含めた多くの鉄道が取っている手法(出発信号機が停止現示中は警報機は動作させない)とほぼ同じである。別の簡易な手法として、列車が踏切を通過した後は対向列車がない限り、続行列車の接近が掛かっても30秒程度の間は踏切を強制的に一旦は開扉させる手法を導入しても、同じ効果が得られると思う。

踏切内滞留対策 ‐ 高齢者対策をも含めて

踏切内に取り残され、列車に触車して死亡する通行人の中で、65歳以上の高齢者が占める割合は全体の4割にも及ぶとの国交省の調査がある。高齢者や自動車が踏切に取り残される事故は、図6に示すような踏切長が長く、健常者でも短時間では横断が困難な踏切で多発すると思われ勝ちだが、実際には、ごく普通の踏切で発生している。この対策として多くの踏切で使用されている赤外線を用いた障害物検知装置は、赤外線が透過する線上ある障害物に限って機能するのであるが、これに代えて、踏切の全域で障害物を検知できる高機能の検知装置に早急に取り替えるべきと思う。最近、市販されている廉価な市販の監視カメラは、一枚の撮影動画が幾つかの区画に分割され、そのうちの任意の特定区画に異物が滞留するなどの通常とは異なる事態が発生すると、その動画を録画し、異常事態の発生を発信する優れた機能を持っている。かような高い画像処理機能を持つ廉価な民生用監視カメラを積極的に活用すれば、踏切事故原因の3割にも達するとされている車をも含めた踏切内滞留事故の防止にも役立つと思う。 

本文の中で問題を例示した写真の多くは、筆者が日常的に通る西武鉄道の踏切を写した写真を使用したのであるが、筆者は西武が踏切の改善に消極的と思っているわけではない。西武鉄道は大手民鉄の中で最も多くの交通信号機を主要幹線道路の踏切に設置し、道路の渋滞防止に努めているだけでなく、事故などによって途中駅で電車を抑止する必要が生じたときには、運転士の了承を得て出発信号機を停止現示に変える手配を迅速に行ない、踏切の長時間にわたる遮断を防止するきめ細かい措置を、積極的に行っていることを付言させて頂く。(以上、写真は全て筆者撮影)


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