平成1881
鉄道を斬る No24

事故が起きた時、運転士は的確な行動をとれるか
- 運転士のための適切な訓練とは -

永瀬 和彦

1.異常事態が起きた時に運転士に課せられた使命
 大勢の乗客を乗せて走る電車の最前部から窓越しに運転台を見て、運転士のキビキビとした態度に好感をもった方もおられると思う。皆さん方が日常見ている運転士の操作は世間で考えている程に難しいものではない。運転士にとって最も難しい作業、それは事故などの異常事態が起きた時、事態を的確に把握し、迅速な措置を行うことである。
 運転中の列車に異常が起きることは好ましいことではないが、現実にはあり得ることである。そして、このような事態が起きたとき、乗務員や駅関係者の対応が適切でなかったために惨事が起きた代表的な事例に、160名の方が亡くなられた常磐線の「三河島事故」(昭和37年発生)がある。昨年起きた福知山線事故では三河島事故のような併発事故は幸いにして起きなかったけれど、併発事故の防止や負傷された大勢の乗客に対する救護について、関係者の行動が問題になったことは周知の通りである。
 列車に異常事態が起きたとき、関係者が適切な措置をとらなかったことによって事態を悪化させたとき、鉄道に対して厳しい非難が起きる。これ自体は仕方がないことではある。しかし、異常事態が起きたときの運転士の心情までも考え、そのような事態が起こるのを防ぐために、なすべきことは何かと言った建設的な評論に余りお目にかかったことがない。今回は、専門家の間でいろいろと議論がある異常時の運転士の対応について、お話させて頂く。



JR西日本京橋電車区に設置された運転シミュレータによる乗務員の訓練風景


2.異常事態に遭遇した運転士の姿
 私は鉄道に奉職してすぐ、多くの学校出の新入社員が経験するのと同じように、短い期間ではあったがいろいろな列車の機関士、運転士及び車掌などを経験した。この間には車輛故障、場内信号機の異常現示及び機関車交換駅に到着時に誤って出発信号機を踏んでしまった等の比較的軽度のトラブルは経験したものの、列車を運休させるような重大な異常事態に遭遇した経験はない。しかし、約30年にわたる鉄道生活の間、そして、現在の職業についてからも、私がたまたま乗り合わせた列車で幾つかの異常事態に出合い、そして、そのような事態に遭遇した運転士の姿を身近に見てきた。その場における状況をありのままに申し述べれば、運転士の多くはオロオロするだけだった。鉄道員時代にそのような事態に遭遇した時には、躊躇なく旧国鉄の安全綱領第4条-「安全の確保のためには、職責を越えて一致協力しなければならない」-に則った行動をとってきたつもりである。私が異常事態に遭遇した列車にたまたま乗り合わせ、お手伝いをした事例を幾つかを挙げれば、

485系特急電車に乗車中、電源が故障して室内灯が消えた車内で電源誘導処置の指導。
・機関車に添乗中、対向線路に冷却水配管が折損して往生したラッセル機関車がいるのを知り、現場に列車を臨時停車させて救援機関車との併結及び推進運転のための応急処置の実施。
・落葉と降雨により大空転して立ち往生したディーゼル動車に乗り合わせ、ノッチ扱いなどの運転操作を指導。
・大音響とともにパンタが大破した特急電車に乗り合わせ、パンタ破損発生地点と損傷状況の関係個所への通報。

などである。これらの多くは列車無線がない時代に起きたものである。自分の手柄話をする意図は全くないのだけれども、私が援助の手を差し伸べなかったならば、というより私がうろたえる運転士を叱咤して指示していなかったならば、事態はより悪化したであろう。
 唯一、私がまずまずと思った処置をした運転士を見たのは、前記の「パンタ破損」の時の運転士と、昭和40年代の初めに山陽本線西大寺・岡山間で乗車中の上り特急電車が事故による停電で駅間に立往生し、後方から救援の蒸気機関車を迎えて退行することになったとき、困惑している車掌に救援機に対する停止手信号現示位置及びブレーキ試験実施時期などを的確に指示し、空気ホースの接続などを含めての連結作業をやり遂げた運転士を見た時ぐらいである。当時の在来線特急列車は「特急組」と呼ぶ仕業を担当する運転士がハンドルを握っており、その中には多くのベテランがいたのである。ただし、この時も退行の際にパンタ降下をしなかったために、センション通過時に大きなスパークが飛んだ。これを見た関係者が事態の深刻さを認識し、岡山から下り線を使って上り特急を走らせるのに先って、仲間が阻止するのも聞かず安全装具なしのまま屋根に登ってパンタグラフ舟体の状況を確認するなど、今では考えられないほどの対応を取っている。
 このように、私は異常事態に遭遇して困惑する多くの運転士を目の当たりにし、このような事態が起きた時、的確な処置を行うのが如何に難しいかを実感してきた。列車無線が完備した現代の鉄道では、異常事態に遭遇した運転士は経験豊かな指令から多くの適切な助言を受けられる場合が多い。従って、私が過去に遭遇したような事態が起きた時代とは大分事情が違って来てはいる。しかし、列車無線が届きにくい難聴区間や電波が届かない線区などが現在でも相当残っており、異常事態発生時には運転士は孤立無縁で的確な対応を求められる場合が今でもあり得るのである。

3.運転シミュレータ
 運転士は控室や休憩所などで過去に自分が経験した異常事態を仲間と話し合うことが多い。ところが、車輛の性能向上、線路構造の進歩及び保安設備の信頼性向上などによって異常事態に遭遇した経験を持つ運転士が昔に比べ極端に少なくなり、経験談を披露できる運転士をあまり見掛けなくなってしまった。このため、そのような事態が起きた時の対応の仕方を若い運転士はなかなか勉強出来ない。
 この対策と言うわけではないけれど、最近、異常事態を運転シミュレータにより疑似体験させる手法が広くとられるようになった。運転シミュレータについては市販のソフトも出回っているので、概要は多くの方がご存じと思う。だだ、市販のソフトは停止位置合せやダイヤ通りに電車を運転できるかといった面に主眼が置かれているのに対し、実物は異常事態が起きた時の運転士訓練を主体としたものが多い。
 私も過去に一度だけこのシステムの開発に関与し、その威力をある程度理解したつもりである。昭和40年代の後半に私が国鉄東北地区の工場に勤務していたとき、当時の交流電気機関車の主力機ED75形の応急処置訓練専用の教習車を作ってほしいとの要請を受けた。当時の東北地区はSLから転換した機関士が多かったためであろうか、些少な故障の処置にも手を焼く機関士がいて、故障が起きると救援や運休に結びつく場合が少なくなかった。製作した教習車は記憶に間違いがなければオハニ36形客車を種車とし、模擬運転台、本物のパンタ、ベビコン等などを荷物室に設置し、機関区を巡回できるようになっていた。
 車輛が出来上がったとき、私はトップバッターとして教習車の機関士席に着座し、私に内緒で設定した故障内容に沿ってテストが開始された。教習車内部には、電気機関車特有の「ウオーン」と言う送風機音が響きわたり、目の前の電圧計などのゲージ類は所定値を示し、表示灯も白色点灯して、まるで本物の機関車の運転台に座ったような感じである。
 突然、「パーン」とABB(空気遮断器)特有の乾いた動作音が響きわたり、送風機音も止んで運転台座席前面の表示灯が一斉に真っ赤になった。私は「ドキッ」として、何が起きたかと一瞬戸惑った。しかし、直ぐに冷静さを取り戻し、応急処置基準に従って故障個所を突き止めて処置を施し、無事に切り抜けた。この教習車にどのような故障訓練内容を盛り込むかについて、私自身が深く関与して決めたのであるから処置が出来るのは当たり前である。しかし、事前に故障が起きることが分かっているシミュレータであっても、大きな遮断器動作音とともに、目の前の表示灯が一斉に真っ赤になった時に私が受けたショックは今でも忘れることは出来ない。それまでにも、私は交流機関車の乗務を相当経験し、入庫時のABB動作音も、そして、その時に運転台の表示灯が一斉に赤変する状態を何度も体験しているのにも関わらずである。
 この時の経験から、私は異常事態に直面してうろたえる運転士の気持をある程度は理解出来るようになった。

4.最近の運転シミュレータ
 最近、JR西日本の京橋電車区を見学したとき、運転士の異常時対応策を訓練するシミュレータを見学する機会をもった。装置の外観を写真に示す。このシステムには図示のように、主幹制御器、ブレーキ弁、速度計、ATS等の保安機器類のスイッチ、表示灯及び警報器、列車無線、車内電話機、防護無線並びに運転時刻表などが実物と同じ状態で据え付けられている。この種のシミュレータは大手民鉄をも含めた運転士養成ための教習所に昔から置かれていた。しかし、シミュレータが運転士の異常事態の訓練に有効なことが認識されると、教習所などの限られた場所だけでなく多くの運転区所などの現場にも設置されるようになった。
 シミュレータで訓練を受ける運転士がノッチを上げると前面のモニタに投影されている運転台前方の景色が流れ、速度計が上昇し、走行音もして、装置は擬似走行状態になる。異常事態の設定内容は後方に着席した指導員が設定する。指導員は装置の操作を行うだけでなく、指令員や車掌の役割をも担当する。
 筆者が見学した際は、駅の出発信号機を確認して列車が、発車した直後に信号が停止に急変し出発直下のATSに引っ掛かって非常停止するケースと、踏切の遮断機を突破した乗用車に衝撃するケースが設定された。前のケースでは指令から退行を指示され、車掌と連携をとって元の停止位置まで退行する処置が試される。退行に際しては運転士から車掌への合図の方法及び車内放送などの指示が的確に行われるかどうかなども訓練対象項目になっている。
 後者は非常ブレーキ操作、自動車との衝撃直前及び直後の警笛吹鳴、事故後の速やかな防護無線の発報及び明確な事故発生地点などの指令への報告が主な訓練内容である。事故発生時には擬音ではあるが大きな衝撃音が流れ、臨場感あふれた訓練である。このような事態は絶対に起きて欲しくないのだけれども、万一に備えて日頃から関係者がこのような訓練して置くことは必要なことである。

5.私のシミュレータによる異常事態遭遇体験-閉そく指示運転中に土砂崩壊に遭遇-

 シミュレータによる訓練を見たあと、案内して頂いた方から「だれか運転操作をしませんか?」と呼びかけがあって、乗務経験のある私にお鉢が回ってきた。異常事態の設定条件は勿論知らされておらず、加えて221系をモデルにした上下に動くハンドルは操作経験がないため、少し緊張して運転席に着座する。
 前方の景色はなんとなく暗く白っぽいので雪が降っているのかなと思い、耐雪ブレーキのスイッチを投入しようとしたら、雪ではなく夜間運転であることを知らされる。「知らせ灯」が点灯したので、出発が注意現示の状態で出発した。前方の閉塞信号機は停止を現示したままなので、電柱1本よりやや間をとって信号機外方に停車して様子を見る。1分経過しても開通しないので、指令に無線で連絡したところ、前方は開通しているので「閉塞指示運転」で進行せよとの指示を受け、車掌に車内電話で状況を連絡するとともに、しばらくの間、徐行運転するのでお客様にもその旨を放送するよう依頼してから、15キロ以下の速度で最徐行運転を開始する。
 そのまま進むと、見通しの悪い曲線トンネルの中に進行現示の中継信号機が連続して2本現れる。「数年前にJR九州鹿児島線で無閉塞運転中に起きた追突事故と同じ状況だな。」、「引っ掛かって、加速したらいかんな。」と思いながら流して行くと、遠方に進行を現示している閉塞信号機が見えて来た。すると突然、EB装置のブザーが鳴った。私は反射的に「タオル掛け」(リセット・スイッチ)を押そうと手を延ばしたがが、見当たらない。あわててスイッチのありかを教えてもらい、辛くもリセットする。
 そうしている間に、暗闇の中に青く輝く閉塞信号機がだんだん近づいてくる。信号機の手前には、過去に鹿児島線で起きた時、さらに、その少し前にJR東海の沼津付近で起きた事故の時のような先行列車はいそうもない。私は「閉塞指示運転をどの地点で解除し、通常の運転にもどったら良いかな。」と考え始めた。「レール折損があり得ることを考えれば、解除するのは閉塞信号機を通過した後の方か良いのかな。」と思ったり、「大勢の方々が私の運転を見ているので、ミスをしたくないな。」などと余計なことも考えたりする。そのうちに、信号機はますます近づいて来る。
 閉塞指示運転を解除する地点を早く決めなければならない。閉塞方式を変更するには一旦停車した方がよいだろうか等と考えをめぐらせていると、突然、前方信号機の直下の闇の中に、左手の崖の崩壊で崩れた土砂が線路を埋めつくしている状況が浮かび上がった。私は「手前の信号が赤だった原因はこれだったのか」と納得し、現場に近づいたら危ないと思いブレーキを軽く当てて電車を停め、指令に状況を報告しようとして無線機に手を延ばそうとした。その瞬間、土砂崩壊は対向線路にも及んでいることを認識し、あわてて防護無線に手を延ばした。
 「ピッピッピッ」とけたたましい防護無線特有の鳴動音が響き渡った。「危うく防護無線の発報を失念するところだった。」と,胸をなで下ろし、列車無線をとった。「こちらは、・・(一寸、詰まって、運転時刻表の列車番号を見ながら)・・731Mの運転士です。指令応答願います」、「ただいま、〇駅~〇駅間を閉塞指示運転中、キロ程は(一旦、詰まって)・・・不明ですが、前方の第0閉塞信号機直下付近に土砂崩壊を発見しました。土砂は上り線も支障しており、防護無線を発報して現場に停車中です。」と報告した。指令からは、対向列車の抑止を即刻手配する旨の応答があった。
 続いて車内電話機を取り上げて車掌を呼び出す。思わぬ事態の展開に少し焦ったためか、昔、関西の現場にいたとき使っていた言葉が自然と口から出る。「おう、大変や。前方の線路が土砂で埋まっとる。相当長い間、止まらなアカンさかい、お客様にそのことと、(声を大にして)絶対にぃ車外に出んよう、よう放送してや。」と言って、電話を切った。そして、指導員席に座っている担当者に「訓練はこれで終わりですか。」と聞いた。私の操作を見ていた関係者の間から、外交辞令もあったとは思うが「おう、完璧だ」との声が上がったので、正直ホッとした。
 現地を案内して下さったJR西日本本社の幹部の方から後で「先生も相当な役者ですね。指令には丁寧に報告したのに、車掌には関西弁で話すとは・・。」と言われた。私は芝居を打ったつもりは全くなかったので、「昔、現場いた時の地が出たでしょう。」と笑って答えた。

6.異常事態に遭遇した時の運転士の心理
 今回のシュミュレータによる訓練の場で、私は仕掛けられた「落とし穴」には嵌まらず、必要な緊急措置も一応は執ることが出来た。そして、関係者からは外交辞令をも含めてではあろうが「完璧」との評価を受けた。だが、全ての処置が万全だったのかと問われれば、防護無線発報のタイミング遅れなどについて内心忸怩たる思いがある。
 実は私は蒸気機関車の乗務員時代に上り勾配の途中にある第一閉塞信号機が赤だったため、今は廃止された無閉塞運転を行った経験がある。その途上、前方見通しが悪い右カーブに進入したときには、その先に次駅で退避予定の先行貨物が止まっていることを懸念してブレーキ弁を握りしめ、汽笛を吹鳴しながら緊張して身を硬くながら走った。カーブを抜けると先行貨物は既に先駅の待避線に到着したあとで、先駅の本線場内信号は我々の列車のためのルートが構成されたことを示す青信号を現示していた。私はこれを見て、本当にホットして列車を一気に加速させてしまった経験がある。
 遠い昔にこのようなルール違反をした経験から、昔と同じ失敗をしないために、私は土砂崩壊を見つける直前には閉塞指示運転を解除するタイミングをしきりに考えていた。その最中に全く予想外の出来事に遭遇し、最初に思ったことは「信号が赤だった原因はこれだったのか!」と「指令に直ぐ報告しよう。」であった。対向線路にも目を向け、上り線路も土砂に埋まっていること認識したのはその次であり、列車防護の必要性を認識したのは、さらにその後であった。本来は土砂崩壊を見つけた瞬間に対向線路の状態にも目を向けるべきであり、そのような行動をとっていれば僅か数秒ではあっかも知れないが列車防護のタイミングが早まっていたに違いない。そして、このわずかな遅れが重大な事態を招く可能性も否定出来なかったのである。
 今回の体験で私が得た教訓は「複線区間を運転中に前途に支障を見つけた場合には、必ず隣接線路にも目を向けるべし。」である。これに対し、そんなことは当たり前で、防護が遅れたのは私が素人だからで、プロならそんなことはあり得ないと思う方もいるかも知れない。私も防護の僅かな遅れを大変気にして、関係者にプロの訓練状況を聞いてみた。すると、列車防護を失念して指令から逆に防護を促される運転士も少なからずいるとのことであった。異常事態が起きた時は、たとえプロでも臨機応変の措置はなかなかとれないのであろう。その時の運転士の心中は、恐らくは私が今回経験したと同じようにいろいろな思いをめぐらせていて、冷静に事態を把握する余裕など、とてもなかったというのが実情なのかも知れない。

7.異常事態に遭遇した運転士が的確な処置を行うためには
 今回の体験を通じ、私がもし運転士だったなら「問題あり」と判断されても致し方ない未熟な技量分野があることが明らかになった。しかし、このような問題はシミュレータ訓練を受けて初めてわかったことである。だから、私は運転士として他に多くの未熟さを持っている可能性があり、プロの運転士といえどもシミュレータ訓練を受ければ、私と全く同じような技量の未熟さが明らかにされる可能性もあり得るのである。
 しかし、大勢の乗客の生命を預かる立場にある運転士にそのようなことは本来、許されることではない。大勢の乗客の命をお預かりする運転士は、たとえ、どのような異常事態に遭遇しても、瞬時に的確な判断を下して迅速な処置を行うことが求められる。だから、大勢の乗客の命をお預かりする運転士はこのシミュレータを大いに利用し、技量の研鑽に努めるべきであろう。ところが、これを実施するに多くの問題がある。
 第一の問題は、このシミュレ-タが未だ、運転区所に行き渡っていないことである。
 第二の問題は、シミュレータで実施できる訓練内容は限られており、その内容も体系的に構築されていないことである。訓練内容の多くは、過去の重大事故で得た教訓及び比較的多く発生している異常事態などに対応したものである。しかし、訓練すべき内容はこのような事象以外にも、多くあると思う。例えば、適切な処置によって間一髪で危機を免れた事例などである。だが、このような「インシデント」に属する事象の多くはベテラン運転士のノウハウの中に埋没しており、関係者が積極的に情報収集に努めなければ、体系的な訓練内容としてまとめることは困難である。
 第三の問題は、シミュレータは電車を対象としたものが主体となっていることにある。異常事態は電車に限って起きるというわけではない。異常事態は操縦が難しい自動空気ブレーキや、メカが複雑なディーゼル機関車などのほうがはるかに起きやすい。電車のように構造がシンプルでハンドルを引けば何時でもほぼ同じ加速力やブレーキ力が得られる車に比べ、この種の車は車両自体のトラブルや乗務員の稚拙な取扱によって問題が起きる可能性は格段に高いからである。私はこのような範疇に属するシミュレータが現在どの程度、普及しているかは承知していない。しかし、現代の技術をもってすれば、この分野について精緻なシミュレータを構築することは至難なことではない。しかし、このようなあまり普遍的でない分野のシステムを構築しようとすれば、この分野を知悉した関係者、ベテラン乗務員及び開発担当者などの多くの人的資源を投入しなければならない。しかし、日本の鉄道でメジャーでない分野でこれを行おうとすれば、人材の確保の面だけでなく、経済面でも難しいものがあると思う。

8.鉄道としてシミュレータに取り組むべきスタンスは
 シミュレータを有効活用すれば、今まで大きな問題点の一つとされた乗務員指導の難点が大幅に改善されることは間違いない。ただ、ここで注意すべきはミュレータさえ積極的に使いさえすれば鉄道の安全は向上すると言うわけではない。従って、各鉄道は先ずシミュレータで訓練すべき内容を体系的に精査すべきであろう。しかし、このような作業で訓練内容の全てを実施可能なシミュレータを作るとなれば、巨額の経費を要することになる。それに要する経費は、実際の線路を敷設し、実際の信号を設備し、実際の車輛を製作し、そして、これらの設備を使って訓練をするのと大きくは違わないほどの莫大な経費を必要とするに違いない。
 つまり、この問題は一鉄道やシミュレータ・メーカが正面から捉えて実現を計るには、大きすぎて手に負えない。しかし、シミュレータの訓練内容は鉄道会社が違っても類似の中身が少なからずある。だから、シミュレータについての共通仕様書を先ず作り、各鉄道会社が必要とする必要最低限の訓練内容の充足を先ず計るべきであろう。そして、それに飽き足らない鉄道では共通的な追加仕様書や、さらに、鉄道独自の特別な訓練内容を作った対処したよいのではと思う。このような手法をとれば、現在は非常に高価で、簡単には設置できないシミュレータを低廉に提供できるのではないだろうか。

 
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