1.はじめに
筆者は8年程前の鉄道工作協会報No.171で無謀にも浅学を省みず標題のテーマの下に、仏国鉄SNCFが欧州域内で鉄道の覇者を目ざし英及び独と果敢に争って勝利を収めたものの、内部崩壊の危機に瀕した姿についての記事を掲載した。同じ内容は「鉄道の経営を危うくするものは何か」のタイトルの下に、本誌「鉄道を斬る」No.3 (1997年10月)に紹介させて頂いた。しかし、その後、SNCFは総裁に就任したガロア氏の卓越した指導の下に内部の再構築を終えて往年にも勝る勢いを取り戻した。そこで今回はSNCFとドイツ鉄道DBとが近く取り組む直通高速列車に関する問題を、昔両国間で戦われた普仏戦争に例えて私見を交え論じて見よう。
2.第1次普仏鉄道戦争の結末と余波
今から8年ほど前、仏国鉄SNCFは栄華の頂点にあった。ロンドン、パリ、ブリュッセル及びドイツの古都ケルンの4都市間を結ぶ本格的国際高速列車「ユーロ・スター」及び「タリス」全てを仏が誇る高速列車「TGV」規格で統一し、英及びベネルックス圏内で覇権を確立したからである。ドイツ自慢の高速列車「ICE」に与えられた役割はTGVが活躍する「花のロン・パリ街道」から遠く離れたドイツとオランダとを結ぶ北辺裏街道の脇役に過ぎなかった。誇り高いDBのプライドは痛く傷つけられ、時の幹部はドイツ中心部へのTGVの侵入を絶対に阻止することを誓ったと言われている。
これを踏まえて構築された要塞が2002年6月に開業したケルン〜フランクフルト間の新幹線の途中に設けられた40‰の急勾配であるとされ、これによりTGVはケルン以南への乗り入れを阻止されてしまった。SNCFはこの措置に激怒し、一昨年暮に開業した独ケルンとベルギーの首都ブリュッセルとを結ぶベルギー新幹線へのICE乗り入れに際し、多くの試験を行うよう圧力を掛けてベルギー国鉄SNCBを困惑させたとされる。
SNCFの「外圧」を受けたSNCBがICEをつぶさに調べた結果、諸々の問題が明らかになった。最大の問題は高速走行中の砕石の巻き上げである。原因は「SNCBの軌道はレール面と砕石上面との距離がDBのそれより短いため」とされ、ICEのSNCB内最高速度は250km/h、2編成併桔時は230km/hと厳しく制限されて昨年12月から漸くベルギー新幹線への乗入れを認められた。仏の軌道もSNCBとほぼ同じなので、今後、SNCFへの乗入れに際しICEは大きなハンディを負うことになった。
3.第2次普仏鉄道戦争の勃発
仏政府とSNCFは過密に喘ぐ欧州航路の現状を踏まえれば今後の域内における旅客輸送の増加に空は対応出来ないと見て、パリを中心に図示のような高速鉄道網を着々と構築してきた。ロンドン・パリ・ブリュッセルの三都を結ぶ高速列車は旅客の大半を獲得し、残りの線区も既に隣国と新幹線建設に関しての条約や協定が締結され、仏最後の新幹線網となる東線も2007年に開業する。
東線は仏東端の街ストラスブールとパリとを結ぶと共に、スイスのバーゼル並びに独シュツットガルト及びフランクフルトとを結ぶ国際高速列車の運行が予定されている。列車の運行を掌るため、既にスイス及びルクセンブルグを含めた沿線4国によって運行会社「ラリス」が設立されている。同線が開通した暁には、独ザール地方及びルクセンブルグとパリとの間は完全に鉄道優位な圏内となり、パリ〜フランクフルトも4時間弱で結ばれて鉄道利用圏となる。
筆者は新しい直通高速列車「ラリス」をどのような形で運行させるか注目している。今回の独仏間の相互乗入れは、今迄のような第三国を介しての乗入れとは違って両国の利害が深く関わる直結形で行われ、更には直通列車が通る地方は普仏戦争の古戦場跡でもあるからである。8年前にTGVの化身「タリス」が独ケルンに乗入れた際には独沿線諸都市のマスコミは「わが国は仏TGVによって侵略された」と騒ぎ立てた経緯がある。今回も両国間の相互乗入れ決着の行方によっては、独の国民感情を刺激する可能性も否定できない。
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