ジョン・ウィリアムス/バリオス作品集

タイトルジョン・ウィリアムス/バリオス作品集
作曲家アグスティン・バリオス
演奏ジョン・ウィリアムス(ギター)
CDSONY SRCR9763

近代において芸術音楽用の楽器としてはすっかり落ちぶれてしまっていたギターを、演奏会に堪えうる地位にまで引き上げたのはアンドレス・セゴビア(1893-1987)の力である。続く世代であるジュリアン・ブリーム(1933-)、ナルシソ・イエペス(1927-1997)らがシリアスな鑑賞に堪える楽器としての地位を確立した。ジョン・ウィリアムス(1941-)はさらにその後の世代を代表するギタリストでセゴビアの門下にあたる。イエペスなどには、ギターは大衆楽器ではないのだとばかりにギター臭から遠ざかろうとする姿勢が見られるのに対し、ウィリアムスにはそのような肩肘張ったところは既にない。フュージョンバンドを作って活動したりとずっと自由だ。映画ファンには「ディアハンター」のテーマ曲スタンリー・マイヤーズ作曲の"カバティーナ"を弾いている人というと分かるかも分からない。若い頃はイエペスの厳しさに共感したものだが、今ではジョン・ウィリアムスの自然な演奏の方が好きだ。ギターは所詮ギターなのだ。ピアノは所詮ピアノであるというのと同じ意味においてである。

アグスティン・バリオス(1885-1944)はパラグアイの伝説的なギタリストであり、作曲家である。インディオの酋長マンゴレの名を付けてアグスティン・バリオス・マンゴレと呼ばれることもある。この事情はいろんな説明があり、どちらで呼ぶべきか分からないのでバリオスと呼ぶことにする。中南米ではバリオスよりはマンゴレと呼ぶほうが一般的だそうだ。ギター演奏家として成功を収めたが、経済的には恵まれていたわけではなく、晩年は国立音楽院の教授として教鞭をとりながら作曲と演奏を続け59歳の若さで没している。

セゴビアは生涯バリオスの音楽を認めなかったとも、それはバリオスの才能に嫉妬したからだとも言われることがある。本当のところは分からないが、すくなくともセゴビアはバリオスの作品をレパートリーに入れなかった。自筆の楽譜もすぐ他人にやってしまうような人だったらしく、散逸してしまい、死後はこのCDにも入っている「大聖堂」や「郷愁のショーロ」といったごく一部の曲が弾かれる以外は忘れられた人に近かった。

その後バリオスを愛する研究者たちの努力により楽譜が集められ出版されるようになる。日本でもヘスス・ベニーテス編の4巻からなる作品集が全音楽譜出版社から出ている。そして、セゴビアの高弟ジョン・ウィリアムスはリサイタルや録音でバリオスを積極的に取り上げ、またその魅力を語り、バリオスの復権に大きな役割を果たした。

この録音はジョン・ウィリアムスにとっては多分2度目のバリオス作品集である。有名曲を中心に17曲が収められている。限られた作品しか知られていなかったころの解説書には”バリオスの作品が素晴らしく感じられるのは耳慣れたヨーロッパ音楽と違うので新鮮に感じられるから”などど書いたものも見受けられる。しかしこのようにまとまったものを聴くと、国の違いや民族性とは無関係であることが分かる。和声の豊かさは他のギター曲に類を見ないくらいだし、小曲であっても展開は多彩で味わい深い。曲は「クエカ」のような民族色の豊かな舞曲から、バリオスがバッハに傾倒していたことがよく分かる「前奏曲ト短調」まで多様だが、私は「マズルカ・アパッショナータ」や「森に夢見る」のようなロマンチックで美しく、とても詩的な曲が大好きである。ジョン・ウィリアムスの演奏は良くこなれていると共に愛情に満ちた温かさを感じる演奏でほとんど言うことはない。「フリア・フロリーダ」はショパンと同じ心を持った人の作品で、バルカローレの形式の中に、思わず感情があふれ出してしまっているところがある。ウィリアムスの演奏に不満があるとすると、そのような所で強い表現をして欲しいのに、あくまでも穏やかで、優雅な点だろうか。

初稿2013/5/1