セレブリエールのグラズノフ交響曲第4番

タイトル交響曲第4番変ホ長調
作曲家アレクサンドル・グラズノフ
演奏ホセ・セレブリエール指揮
ロイヤルスコティッシュ管弦楽団
CDWaneClassics 2564 63236-2

交響曲第7番「田園」とのカップリングで、そちらも良い曲の良い演奏であるが、ここで取り上げるのは4番の方である。

初めて買ったグラズノフのCDで、それも2,3年前のことである。そんなに長いこと聴いているわけではないので「愛聴盤」呼ばわりはできないかもわからないが、結構頻繁に聴いていて、もっと広く聴かれて良いと日ごろ思っている曲である。何故突然グラズノフの曲を、また特にこの演奏を聴いてみようと思ったかは憶えていない。理由もなく突然どんな曲なんだろうという興味が沸くことが良くあるし、いきなり全集を買う気もせず他に手ごろなCDが無かった程度のことだった気もする。それまでグラズノフという名前は知っていても、あまり意識して聴いたことがなかった。グラズノフというと、中年になってからの、いかつい丸顔の写真や肖像画ばかりで、どうもあまり魅力的な曲を想像できなかったのだと思う。若い頃の肖像が出回っていれば違ったのかも分からない。でもこの人、なかなか良い人だったらしい。

グラズノフは、とてもやさしい人でした。大きな体をしていつもにこにこしていた人です。そして家庭が貧しくて、十分な教育を受けられない子どもなどがいると、そういう子どもの世話などを本当に良く見ていました。そのグラズノフに、私は、どれだけ勇気づけられたかわかりません。(来日時のムラヴィンスキーのことば。キングインターナショナルALT064"グラズノフ交響曲第5番他"のライナーノートから西岡昌紀氏「ムラヴィンスキーとグラズノフ」より。)

そういう話を聴いてから肖像写真を見ると誠実そうで人格者に見えてくる。時代的にはチャイコフスキーの一つ後くらいの世代で、続く世代がプロコフィエフやショスタコービッチとなる。少なくとも現代ではそれらの人々ほど有名でないし、それらの人々の曲ほど演奏もされない。曲がつまらないのかというとそんなことはない。完成した8曲の交響曲は少なくとも3番以降はどれももっと聴かれて良いと思える立派な曲ばかりだ。ハイフェッツが愛奏したというバイオリン協奏曲も美しい曲である。オーケストレーションも一流に思える。どうしてかと思うが、ほんの少し下にスクリャービンが、独墺圏ではシェーンベルクがいる事を考えると、作風が保守的すぎて音楽史に大きな足跡を残さなかったということなのだろう。他に加えるとすれば、苦悩だの絶望だの歓喜だの、ともすれば音楽の裏に求めてありがたがるようなものがあまりないということもあるのだろうか。

曲は8曲の交響曲の中では唯一、3楽章構成である。コーラングレが独奏する物悲しい旋律で始まる。これがあまりにもチャーミングで、何で今までこの曲を知らなかったのだろうと驚いたくらいである。この旋律を中心に心地よい音楽が続く。短いスケルツオも気が効いていて一度聴いたらすぐ憶えてしまう。終楽章は作曲技術の素晴らしさが良く分かる。力強い曲想の中に新しい主題や第一楽章の主題が立体的に絡み合って作られる聴き応えのある充実した音楽だ。

指揮者のホセ・セレブリエールという人についてはほとんど知らない。ウルグアイ出身の指揮者、作曲者で、1938年生まれというからもう70はとうに超えている。ジョージ・セルの時代にクリーブランド管弦楽団の座付き作曲家(コンポーザー・イン・レジデンス)をやっていたそうだ。グラズノフを熱心に演奏していて全交響曲や、管弦楽等を録音しており、最近8枚組みボックスセットで手に入れた。

ストレスを感じさせないのびやかで綺麗に流れる演奏である。人によっては叙情的に過ぎるという人もいるかもしれない。第4番は他には「安い!!」ということで買ったフェドセーエフとモスクワ放送交響楽団の全集の中のものしか持っていないが、もっとごつごつした感じの演奏である。そちらが本物だと感じる人もいるかもわからない。しかし単に綺麗なだけでなく、作曲の巧みさ、曲想の豊かさを良く伝え、またスケールの大きさも感じさせる演奏であり、この演奏でなければ、こんなに「もっと聴かれるべき音楽だ」と感じなかったかも分からない。

初稿2013/3/13