ヨッフム/バイエルン放送交響楽団の
ブルックナー交響曲第6番

タイトル交響曲第6番イ長調
作曲家アントン・ブルックナー
オイゲン・ヨッフム 指揮
バイエルン放送交響楽団
CDユニバーサル・ミュージック UCCG 3996

ブルックナーの6番というのはブルックナーの交響曲の中でもあまり聴かれないそうだ。なぜかと思う。

確かに他の交響曲のような巨大な建造物を仰ぎ見るような感じは無いし、スケルツォも魔術的な音型が繰り返されて宇宙を作る他の交響曲に比べると普通っぽい旋律である。第一楽章のコーダにブルックナーらしい巨大さが表れるくらいだ。

しかし、今日はあまり重いのは聴きたくないなという時にも気楽に聞ける。ブルックナーに不慣れな人も聴きやすいはずだ。特に第2楽章の美しさは感銘を受ける人も多いのではないか。

紹介しているヨッフム/バイエルン放送交響楽団の演奏する第2楽章はそのうえ美しいだけでなくあふれんばかりの詩情に満ちている。この演奏を聴くと、なぜか秋を感じる。私は7番の第一楽章に冬の高峰を感じるが、ここでは秋の景色の中の散策が思い浮かぶ。

学生時代から繰り返し聞いている演奏である。LPだと第2楽章の途中、提示部が終わったところでA面が終わり、ひっくり返さなければならないのだが。ありがたいことにCDだと続けて聴くことができる。

ヨッフムのドレスデン・シュターツカッペレとの新しい全集で6番が出たときは、すぐさま買った。第2楽章に関しては、美しいが、敢えて叙情性を排して内省的なあるいは純粋な音楽としてのアプローチを目指したのか、紹介盤のような詩情が感じられない。曲に何を求めるかということになるのだろうが、私としては残念に思った。余計なことを書くとヨッフムの晩年の9番(ミュンヘンフィル、1983年)、7番(コンセルトヘボウ、1986年)、5番(コンセルトヘボウ、1986年)は大変な名演のように言う人が多いのだが、私はあまり好きではない。ブルックナーはあんな内省的な音楽ではないと感じるからだ。

ブルックナーの実演を聴いたのはこの6番が初めてである。朝比奈隆/大阪フィルの第16回東京定期(1977年)。朝比奈隆の演奏を聴くのも初めてであった。その前は宇野功芳さんの書くもので名前は知っていたが、その余りもの熱っぽい書きぶりから、反感なりうさんくささなりを感じていたのも事実。しかし、最初の何分かですっかり魅了されてしまった。東京に出てくればこんなブルックナーが生で聴けるんだと感激しながら帰路に就いたのを覚えている。

この演奏は第一次全集に含まれているもので、CDはグリーンドアから発売になっている。後期の曲らしいスケールの大きさを出そうとして演奏しているようで、不自然なくらい金管が強奏される。それは第一楽章では成功している。荒っぽくはあるがヨッフムにはない大きさを達成していて、第一楽章だけ取ればこちらの方が好きかも分からない。しかし今聞くと第2楽章以降は金管のうるささや全体的な荒っぽさが気になってしまう。キャニオンの第3次全集のものは朝比奈としては珍しいスタジオ録音で、丁寧で無理をしていない印象だが、こうなると、曲のブルックナーらしくなさからか朝比奈らしい魅力が無い。ビクターの第2次全集の東京交響楽団とのものは未聴。

手元にあるものの中では他の曲では名演を聴かせるチェリビダッケやアイヒホルンもこの曲はどこかつまらない。私が曲に詩情を求めているからかもわからないが、でもどういう曲か分からない演奏に聞こえてしまう。それに比べるとヴァント/北ドイツ放送交響楽団は見通しが良いというか良くまとまった演奏。朝比奈ほどではないがスケール感もあり、ヨッフムほどではないがさわやかな風や柔らかい陽光が感じられる。中庸な名演。

初稿2016/7/22