チェリビダッケ/ミュンヘンフィルのブルックナー8番

タイトル交響曲第8番ハ短調
作曲家アントン・ブルックナー
セルジュ・チェリビダッケ 指揮
ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
CDSONY SICC 1845〜6

幾つかあるチェリビダッケ/ミュンヘン・フィルのブルックナー8番のうちこれは1990年10月のサントリーホールのライブ。

ブルックナーの8番は名盤が多い。定番中の定番クナッパーツブッシュ/ミュンヘンフィル、シューリヒト/ウイーンフィルは学生時代から何回聴いたか分からない。今聴いても決して古びたところのない名演である。朝比奈隆/大阪フィルの94年のライブ、ヴァント/ベルリンフィル、ヨッフム/ハンベルク交響楽団(これは実演も聴いたが録音で聴いて素晴らしい名演であることが分かった)、アイヒホルン/リンツ・ブルックナー管弦楽団このあたりが最高に素晴らしい。残念なのはマタチッチに最高の演奏が残っていないこと。2枚のN響とのライブはもう一つ物足りない。勿論悪くない。悪くないまで範囲を広げると本当にいっぱいある。

それらの中においても、私が隔絶した境地にあると感じるのは、朝比奈隆/大阪フィルの2001年サントリーホールのライブ版。そして後期のチェリビダッケの演奏である。

両方の演奏はある意味対極的だ。かなり速めで(演奏時間1時間20分そこそこ)、ミスも恐れず興に任せて自由に演奏しているかのような印象のある朝比奈。異常なくらい遅いテンポの中で、一画もゆるがせにせずに音楽を構築していくチェリビダッケ。スタイルは対極的ながら、共に音楽の巨大さを表現しつくしているのは、二人とも音楽の本質を体に染み渡らせているからだろう。

チェリビダッケのブルックナーの交響曲の演奏が全部好きかというとそういう分けではない。手元には旧EMIに残した3番から9番までの演奏があるが、あまり感心したものは少ない。例外が5番と8番である。

1976年のシュッツトガルト放送交響楽団との演奏が発売されている。これは後年のような異常に遅い演奏ではない。全部で1時間25分くらいである。第1楽章など精緻だが神経質にならずスケール感も申し分ないのには感心するが、その後、特に3楽章、4楽章は作り過ぎが気になる。出てくる節々が素直でなく、伸びやかさが失われ世界も狭く感じる。時々なんと美しいとハッとするときもあるがそれだけである。

1990年に入ってからの録音は手元に他に1993年のミュンヘンでのライブ(EMI 7243 5 56696 2 9)、リスボンライブと呼ばれる1994年のライブのブートレグ(AUDIOR AUD7001/2)がある。掲題録音も含めた3つの録音すべてに言えるのは、第3楽章が絶品であるということである。この第3楽章だけを取り上げると特に1993年のミュンヘン盤が完璧である。一部の隙もない演奏で圧倒的な音楽を構築しており、演奏芸術の到達点という趣がある。ところがこの録音全体を通して聴くのが私の場合なかなかにつらい。4楽章あたりで疲れてしまう。演奏時間が最長(1時間44分、掲題録音は1時間37分、リスボンライブは1時間40分)ということもある。それだけでなく、例えば終楽章第一主題の提示がすんなり流れず生理的な抵抗感がある。テンポが遅いからかと思って掲題録音と比較してみると第一主題の提示部の時間についてはほとんど同じである。表情のつけ方が私向きではないようなのだ。この盤を聴くときは、第3楽章だけを聴くということをたまにやっている。

リスボンライブは臨場感のある録音のせいもあるのか、一種の熱気が感じられて一気に最後まで聞いてしまうが、これも終楽章に難がある。この曲を聴くときの楽しみの一つが終楽章のコーダだろうが、客席での一発どりの問題か、もやもやとつぶれてしまってどう鳴っているのか分からない。その前の鮮烈な第一楽章第一主題の再現もいつの間にか鳴っていつの間にか終わっている。それに終わるやいなやの拍手喝采は、悪名高い朝比奈隆の幾つかの録音どころではなく、これも興をそぐ。

掲題の日本公演のライブ盤が一番気に入っている録音である。どの楽章も万遍なく素晴らしく、長いが聴き疲れも少なく、今のところチェリビダッケ/ブルックナー8番の私にとっての決定盤である。

初稿2015/7/28