シネ・ミュージカルの傑作オール・ザット・ジャズ

「グレイテスト・ショーマン」を見ながら、ミュージカル映画が楽しいものでなくなったのはいつからだろうか、それは何故かと考えてしまった。出来が悪くて楽しくないということではなく、このミュージカル映画は楽しくない類のものであると言えてしまうものが出て来たということなのだ。

思い浮かぶのはまず「レ・ミゼラブル」である。「グレーテースト・ショーマン」も「レ・ミゼラブル」も悪い映画ではないが、楽しくないのだ。多分理由は重さだろう。テーマが重いというのではない。「南太平洋」や「ショー・ボート」では人種差別が扱われているし、「サウンド・オブ・ミュージック」も「ウエストサイド物語」も深刻とまではいかなくても軽い内容ではない。「屋根の上のバイオリン弾き」なら十分に暗い。

そうではなく、作りが鈍重なのだ。映画を観ていて思わず口ずさんだり(実際に声を出すわけではないが)、体が動きそうになったりの軽やかさがない。

「レ・ミゼラブル」がそうなった原因の一つは歌唱の同時録音だろう。だまって突っ立って歌う顔のクロースアップは軽やかになるわけがない。おそらくそのようなことをしていない「グレーテースト・ショーマン」でも重く感じてしまうのは、振り付けや編集の問題ということになる。

そういえば、楽しいと感じたミュージカル映画は「グリース」は憶えているが、それ以後お目にかかっていない気がする。原因は分からないがなにか余計なものを組み込んでしまったり、そもそもセンスが無かったりということなのだろう。

かつての楽しいハリウッドのミュージカル映画の伝統はデズニーのアニメ映画に残っていて、「アナと雪の女王」など、振り付け(?)やミュージカル・シーンの構成に本当に感心する。

そのようなかで出て来たディミアン・チャゼル「ラ・ラ・ランド」は、久しぶりに、軽いストーリー、楽しいミュージカルシーンで往年のハリウッドミュージカルの楽しさを彷彿とさせる映画であった。高く評価されたことは、みんな好きだけど上手に作れる人がいなかったということだったのだろうと思う。

しかし気に入ったミュージカルは大抵は何度もみている私は、「ラ・ラ・ランド」は2度目は観る気がしなかった。主役2人の器械体操のようなダンスシーンを思い浮かべると、他の観ていない映画の方に足が向かってしまう。

この映画では、徹底しているかまでは一度きりの鑑賞では分からないが、ダンスシーンはフルショット、ワンカットの印象が強い。昔のダメなミュ―ジカルの典型は、シーンをぶつぶつ切ったり、バストショットを挿入したりして、「ダンスをちゃんと見たいのに」といらいらさせられるものである。だから、フルショット、ワンカットで撮りたいという意図は理解できる。しかしそれはダンスが魅力的だからこそであろう。アステアもジーン・ケリーももういないのである。

午前十時の映画祭でボブ・フォッシー「オール・ザット・ジャズ」を観た。1980年の封切り時に何度か見て以来だから、40年ぶりに近い。観たときにシネ・ミュ―ジカルとしてはずば抜けた傑作と思った。

シネ・ミュージカルとは、定義が不明だが、ここでは舞台のミュージカルの映画化ではなく、映画のために作られたミュージカルという意味で使う。

「8 1/2」のような自己暴露映画だし、死をテーマとしていて、大変重い内容だ。しかし、ミュージカルシーンは実に軽快で楽しい。カットは結構切られている。ショットサイズも変わる。それでいてダメなミュージカル映画のように不満を決して感じさせない。ダンスの振付、カメラワーク、カット割り、編集すべてを総合して振付けられているように思う。シネ・ミュージカルならではの手法がとられているのである。

別にダンスの下手さをカバーしているわけではないと思う。劇中ミュージカルのリハーサル・シーンはプロのダンサーだし、準主役のアン・ラインキングもプロである。振付から編集までのトータルを最適化しているということだろう。アン・ラインキングとエルツェベット・フォルディ(子役)が室内で踊るシーンなど本当によくできていてため息がでる。

一方、ここにアステアもジンジャー・ロジャースもいない時代のシネ・ミュージカルのあるべき姿が示されているような気もする。「ラ・ラ・ランド」にしても主役の魅力のないダンスは、フルショット、ワンカットに拘らず、編集で救うべきだったのではないか。

振付家としても超一流のフォッシーだからできたのは確かだろう。しかしそれで片づけずに、この方向で取り組む、センスがあってミュージカルが大好きな若手が出てきてほしいものである。

初稿2018/6/9