ウディ・アレン映画の楽しみ

ウディ・アレンに初めて出会ったのは、「ボギー!俺も男だ」(日本公開1973年、監督ハーバート・ロス)だと思う。監督作は日本公開順だと多分「アニー・ホール」(日本公開1978年)だろう。その後しばらくは、評判につられて公開作は大体見ていた。「マンハッタン」というとても好きな映画があったこともある。しかしその後特に面白いと思う監督作品はなく、俳優としてのウディ・アレンも特に好きではなかったので、或る頃から観なくなった。意識して避けたということではなく、観るのにあまり熱意がわかず結果として見ていないのである。フィルモグラフィーを見ると「ラジオ・デイズ」(日本公開1987年)までは大体見ていて、「セプテンバー」(日本公開1988年)から「人生万歳!」(日本公開2011年)までほとんど観ていない。

「ミッドナイト・イン・パリ」はたまたま見たのだが、驚いた。その自由闊達な展開、絶妙な語り口に酔わされた。これはえらいことになったと思い、何とか「それでも恋するバルセロナ」を再映で捕まえ、その後公開された監督作は逃さずに観ている。みな期待を外さないできだが、「ブルー・ジャスミン」のようなシリアスなものはあまり魅力を感じない。コメディが良い。

何が良いかというと、なんといっても語り口の絶妙さだろう。予測できないストーリーが、すべて有るべきところに有るべきようにおさまって流れるように展開していき、ストレスを全く感じさせない。名人芸を味わったという充実感に満たされる。

新作があると、間違いなく楽しめるぞと思って観にでかける映画がかつてもあった。「男はつらいよ」シリーズである。身構えせずに浸り、出来不出来に関わらず満足して映画館を出ることができた。

「男はつらいよ」シリーズの場合は、もちろん演出に不足はないものの、安心しきって観ることができたのはマンネリズムゆえだと思う。従って、完璧な語り口ゆえであるアレン映画とは異なるだろう。しかし面白いかもわからない、感動があるかもわからないと身構えてみる通常の映画鑑賞とは違い、ただ弛緩しきって観てひたすら楽しむ点では共通していて、他では得られない貴重な機会なのである。

語り口についてのみ述べてしまったが、音楽が快さに一役買っている場合も多い。「マンハッタン」もそうだし、新作の「カフェ・ソサイエティ」もそうである。特に映像派ということではないだろうが、実は超一流の撮影監督が担当する場合が多い。前はゴードン・ウィリスが多かったし、最近多いダリウス・コンジも良い撮影監督だ。これ見よがしでなくても、最高レベルの技術に支えられている。「カフェ・ソサエティ」はなんとビットリオ・ストラーロ。始めのプールサイドのパーティのシーンから色の厚みにゾクッとする。

初稿2017/6/3