ビットリオ・デ・シーカは特定の映画(「自転車泥棒」、「靴みがき」、「ひまわり」)を除いて劇場で見る機会がなかなか無い人である。未見だった「終着駅」(1953年)をやるというのをたまたま見つけて、あわてて観に行ってきた。人妻の恋愛という設定と、駅を舞台にしていることではデヴィッド・リーン「逢びき」(1945年)を思わせるが、もとは舞台劇のためかどこかストイックで様式的な感じがする「逢びき」に対し、はらはらさせたり、いらいらさせたり目まぐるしい展開がずっと映画的だ。全て駅の中という設定でこれだけの話を作り上げるザバッティーニ/デ・シーカの巧さに感心する。まさに職人芸である。ジェニファー・ジョーンズは「タワーリング・インフェルノ」を別にすると劇場で観たのは多分「慕情」しかない。「白昼の決闘」も「黄昏」もテレビで吹き替え版を見ているのみ。初めて魅力を感じた。併映はこれもなかなか見る機会が無い巨人エルンスト・ルビッチのミュージカル「モンテカルロ」(1930年)。
今回シネマヴェーラ渋谷に初めて入った。同じビルのユーロスペースは時々利用するので、頑張ったプログラムを企画上映しているのは知っていた。ただ神保町シアター同様、xx特集という形なので、うっかり嵌ると入り浸りというえらいことになってしまいかねない。自己防衛としてスケジュールを斜め観して特に目につくものが無ければ観ないという対応をしてきた。
ホームページを見ると「邦画を中心とした名画座」を謳っている。 週替わり2本立て入れ替えなしという形式は確かに往年の名画座を思わせる。違いは上映環境がロードショー館なみに良いことだろう。もう一つは料金がそれほど安くないこと。名画座企画はキネカ大森でもやっているし、飯田橋ギンレイホール、早稲田松竹等今も残る名画座も、やはり料金は今ではあまり安くないようだ。それでも2本立て1400円というのはロードショーに比べると随分安い。しかし、かつての名画座はもっとずっと安かった。
どれくらい安かったか。料金は年と共に段々と変わり一概には言えないが、たまたまこの間、昭和52年の”ぴあ”が出てきたのでそれで観てみる。このときのロードショー料金は1300円で、それに対し代表的な名画座だった池袋文芸座や、私が良く行った大塚名画座が2本立て300円均一、邦画名画座のメッカ並木座が一般400円である。飯田橋ギンレイホールもこの時は350円均一だった。総じてロードショー料金の3分の一から4分の一だったのである。当時の私は土日は名画座を駆け回って月20〜30本の映画を観ていた。それで就職したての安月給であっても特に映画代に苦労した記憶は無い。
当時はビデオソフトもほとんどなく、旧作の上映が割と自由でフィルム使用料も安かったという事によるのだろう。あるべき姿だったのかというと疑問ではある。名画座泥棒論が言われたり、配給会社で名画座に積極的にフィルムを出していた担当者が左遷されたという噂が流れたりしたこともあった。ビデオソフトが普及し出すと共に、低料金の名画座が消えていったという印象がある。業界事情を知っているわけではないが、旧作の上映権が厳密に管理されるようになったからではないかと想像する。だから今や「名画座」に”低料金”を期待するのは無理で、あくまでも旧作の上映館としてのみ割り切らなければならないのだとは思う。
しかし、かつての低料金で歴史上の名作からロードショー落ちの作品までいろんな作品を上映していた名画座の存在が、学生や若い勤労者に映画館でふんだんに映画を観る機会を与えていたのも事実である。民間の名画座では無理でも、低料金で旧作を上映する公共の施設がフィルムセンターだけではなくもっと増えないものかと思う。作品の選定を考えれば民間の興行の邪魔にはならないだろうし、劇場で映画を観る層を増やすことで長い目で見てビジネスにも益になるのではないか。
6月から、イメージフォーラムでのタチ特集、ユーロスペースでのパラジャーノフ特集のあとベルイマン特集と忙しい。今週末からシネマート新宿でスコリモフスキー特集が始まる。シニア料金が使える年齢になったことがとてもあり難い今日この頃である。
初稿 | 2014/8/12 |