「2001年宇宙の旅」という映画の特殊性

「2001年宇宙の旅」という映画が他の映画とは異なった特殊な映画であることを述べたいと思う。良く知られているようにこの映画はシネラマでの上映を意図して作られた映画である。現在わが国にはシネラマの上映を行うことのできる映画館は無い。この映画の特殊性を実感できる環境が無いからこそせめて特殊であることを文章で伝えたいと思う。この映画については、一見難解なストーリーを解読したり、CGの技術が無い時代に行われた特殊撮影の驚くべき完成度を解説したり、キューブリックの造形の完璧さを賛えるというような態度が多く見られるが、それらは重要な要素であるとしても、この映画の価値には触れていない。

幸い私の年代ではシネラマ劇場はまだ存在していて、この映画をテアトル東京で何度か見ることができた。70mmフィルムを使った上映方式では他にディメンション150でも一般の70mmスクリーンでも観た。35mmでも何回か観ており、最近では新宿プラザの閉館記念上映で観た。結局映画の価値を理解できたのはテアトル東京のシネラマ上映においてのみである。

最初に観たのは1978年のリバイバル時である。全く予備知識無しに観たので、狐につままれたような気持ちで観終わった。しかしながら猿人が骨を投げ上げるシーンから変わる「美しく青きドナウ」が流れる宇宙空間のシーンの気持ちよさ、なにより終盤近くのスリットスキャンニングのシーンの与える快感に引かれて、テアトル東京に通った。今から思えばこの観方はそれほど間違っていなかったのだと思う。何となくどういう映画なのかが分かってきたのは3度目くらいからだ。

この映画の本質は”感じる映画”である。そう言ってしまっては身も蓋もないように思えるが、問題は何を感じさせ、どのような手段でそれを成功させているかである。はらはらどきどきのような情動でも、悲しいとか楽しいとかの感情でもなく、無意識領域にある部分に働きかけてそれを揺さぶるのである。

確か漫画家の故はらたいらさんが書いていた文章だったと思う。最初の公開のとき、がらがらのテアトル東京の一番前の席で観ていて、怖くなり思わず回りを見回したという。そのとき怖くなった気持ちの表現が簡潔にして要を得ていて感心した。「宇宙に裏がある」というのである。われわれの精神が普段立っている宇宙や地球についての秩序の安定感を突然揺さぶる力がこの映画にはあるのである。コスミックコンタクトという言葉が以前はあったと思うのだが今ネットで調べてもないようだ。地球から足が離れて宇宙の一部であることを実感させることがこの映画の本質であると思っている。その宇宙では得体の知れない存在が人間を眺め進化をコントロールしているのである。

どうしてそのように実感を与えることが可能であったのか。ひとつは一部のすきも無いリアルな映像である。次にそのようなリアルな映像で描かれるのが、日常的な世界であるということである。劇的な展開はなく、退屈なくらい淡々と未来の世界の日常が描かれる。HALの反抗のシーンでさえそうである。それが延々と続く間に見るほうの感覚はいつの間にか映画の描く世界に同期していくのである。そのような精神状態でクライマックスを迎えることになる。

このクライマックスシーンをシネラマで見たときの視覚効果は本当に凄い。ボーマン船長が味わっているであろう感覚を観客も共有することができる。完全に地球から意識が離れ、無限の宇宙空間に放り出される。

もうひとつおそらく実感の形成に寄与しているのは、アナロジーが無意識に与える効果である。人間が作ったHALが生命体のように見えてくることは、HAL対人間、人間対人間を作った存在というアナロジーになっているし、精子型宇宙船が旅をし着床しスターチャイルドになるのは人間の妊娠のアナロジーである。これらが遺伝子レベルか後天的なものか知らないが心のそこにあるものに働きかけて神秘性を感じさせているように思う。

細部を重視する表現というのはキューブリックの他の映画にも見られる特徴ではある。私は、映画が人間の感覚を揺さぶり世界に対する不安を引き起こすまでに立ち至ったのは、果たしてキューブリックが明確に意図したものだったかは多少疑問を持っている。表現と内容の相乗効果で、予想もしなかった地点に達したのではないかという可能性も少しは考える。これはわからない。

感じる映画であるから、上映環境の重要性は他の映画に類を見ない。まず画面に包まれる感覚が必要だ。そのためには大画面であること。面積の点だけではシネラマ画面に匹敵する大きなスクリーンを持った劇場は今でもあるだろう。面積だけではなくスクリーンの枠を意識させないことも必要なのである。そのためには床から立ち上がり左右の枠もあまり感じさせないシネラマスクリーンが理想的である。私はまだ経験無いのだがIMAXデジタルがことによるとその条件を満たしているのだろうか。しかしながらクリアでリアルな高精細の映像も必要で、その点大スクリーンに引き伸ばされた映像をみた経験からすると2Kの解像度ではとても無理と思われる。では4Kならよいのか、8Kが必要なのか等、70mmの解像度がどのくらいに相当するのか信頼できるデータが見つからず不明。

そんなこと言ったって現在シネラマ劇場は無いのだから、今得られる環境で観るしかないだろうと怒る人もいるかも分からない。普通はそうである。だがこの映画だけは違うのだ。それが「2001年宇宙の旅」という映画の特殊性である。観るなと言っているのではない。私も前述のとおり35mmでも見ている(さすがにDVDでは観る気はしないが)。観ても本当の価値は分からないよ。と言っているだけである。今後、シネラマ劇場の復活は望めないにしても8K(スーパーハイビジョン)等新しい技術に基づく上映に適した新しい形式の劇場ができる可能性はあると思う。

初稿2013/9/13
一部修正2014/6/11