凍/沢木耕太郎 2005年 評価:5


 アルパイン・クライミングの日本の第一人者、山野井泰史が2002年37歳の時に9歳年上の妻妙子とともに成し遂げたヒマラヤ、ギャチュン・カン北壁登頂をハイライトに、山野井の人生を振り返ったノンフィクション作品。

 山野井は世界的に著名な登山家なのだが、自身がマスコミやメディアの媒体に出ることに無頓着なため、例えば植村直己のように世間に知られているわけではない。私とほぼ同年代なのだが、全く知らなかった人物。

 本著の大部分が専門的なロック・クライミングの内容なのだが、以前、同様の題材の小説を何冊か読んだことがあるので、なんとなくやっていること、道具の意味はわかるし、かなり平易な表現で分かりやすく書かれていて、特別な登山経験がない人でも、彼らが成し遂げたことが非常なことであることが認識できる。

 このギャチュン・カン登山の結果、泰史は手指の4本と右足指の総てを、妙子は(当該登頂以前の分も合わせ)全手指と足指8本を凍傷で切断するという事態になったのだが飄々としている山野井夫妻がとても魅力的。単純、純粋に登山が好きなこの夫婦は自分たちが世間にどう見られているか全く無頓着。死に直面するほどの困難に会っても、指がほとんどないのに本著の登山の後にも世界の山々に登っているというすごい生き方(妙子は40代後半以降という年齢!)。

 やはり自分がどう見えるか、ではなく自分の好きなことをとことんやるっていうことは美しいなぁ、と改めて感じさせる本著は、沢木のノンフィクションの名作の一つであるとともに、山野井夫妻の矜持をじかに感じられる教訓書でもある。