虚空遍歴/山本周五郎 1963年 評価:2


 生まれが武士家の中藤冲也は浄瑠璃の才能があり、その才能を突き詰めるため芸人となるが、自分の芸道を追い求めるうち、自分に足りないのは下層の人間たちの赤裸々な人間の生活や欲望などの知識と悟り、酒浸りで身を滅ぼすような旅行・生活を始める。

 冲也は芸道を求めるがゆえ、自分の才能を買ってくれている周りの援助を無下にし、裏切り、自分で自分を破滅の道に追い込んでいき、最後まで救われることはない。一見、そのストイックな行動は純粋とも見える。しかしそれを支えているのが、一人の冲也を崇拝する女性であり、どこにいても彼女が身の回りの世話も金も手当てしており、その設定が江戸時代という時代設定の中で違和感があるし、結局冲也は庶民の感情を身をもって感じたいとしながら、金に困ることはないので本当の意味での貧困も感じることはできない。そんな生活の中でただ自分の突き詰めたいことに逡巡し結局、人に多大な迷惑をかけながら自己破壊に向かう冲也には何も共感できるところがないので、評点は低くなる。

 ただ、この冲也のおかれた環境や行動が山本周五郎本人の個人的心情を描いているという評もあり、そうなのだとしたら、山本周五郎という作家の気持ちを垣間見せているという点で本作は興味深くはある。