濹東綺譚/永井荷風 1937年 評価:3
小説家の大江は、隣人のラジオがうるさいことに託けて、私娼窟の並ぶ向島玉の井を散歩していたところを大雨に降られ、その時20代中ごろの女性が傘に頭を入れてきた。女はお雪といい、そこから大江とお雪の私娼としての付き合いが始まる。
永井荷風の最高傑作と言われている作品。1930年当時の東京下町の風俗描写が仔細で、当時の風俗書としての価値も高いと思われる。そのような空気感の中で紡がれる物語は、永井自身ともいえる主人公と娼婦の、色事的な描写のない緩い関係性の中で劇的な展開なく進んでいく。それに加え、主人公の書いている小説も劇中劇として挿入されていて、構成としても非常に時代を先取りしている。
当時の情緒を感じさせる内容は素晴らしいのだが、一方で私自身はその時代を少しも生きてきたことがないのだから、その情緒を体感として思い出しえることはないので、追加しての評価上昇ポイントは感じられないというのも事実。