虞美人草/夏目漱石 1907年 評価:4
年齢的に大学卒業前後の若者たちの日常的な生活の中の恋愛が舞台となっており、腹違いの甲野兄妹、その友人の宗近兄妹、甲野妹に恋する小野と彼が結婚を約束していた小夜子、彼らの1週間程度の間の生活が描かれる。夏目漱石が職業作家として執筆した第1作で、一字一句にまで腐心して書いたといわれる文章はすさまじい緻密さを持つとともに、といってそれは決して硬質ではなく抒情的である。
夏目漱石がこのような文章を書くのだと初めて知った。100年以上前の作品であるため、漢字の多用、しかも今ではそのようには使わないし読まないという使われ方をしているため、正直読みづらさはある。しかし慣れてくると、普通の小説なら1/3ほどの物量になってしまうほどの物語の骨格を、日本の文章術として考えうるすべての手法をふんだんに用いて修飾、脚色、比喩して装飾した文章は、もう笑っちゃえるほどの完成度なのだ。夏目漱石が文豪と呼ばれている、いや呼ばざるを得ないということをここまで明確に認識できた作品は初めてである。
物語的にはこの時代によくあるノンポリのだれた生活が中心にあるので、全く共感などできないし、描かれる女性像もさすがに古いのだが、そんなことは超越して文章に酔いしれるための作品と言える。