花影/大岡昇平 1961年 評価:4
銀座で20年もホステスとして働いてきた葉子は38歳になるが、大学教授や文化人などと浮世を流しつつも今だしっかりしたパトロンを捕まえることも、結婚することもならなかった。数少ない信頼する男も加齢とともに魅力がなくなり、生きていく糧もないまま最後には自殺する。
葉子は誰かにパトロンになってもらって店を持つとかそういう願望があまりないまま生きてきて、上昇意識に固執するところがない。人生には悩みながらも結局は自分の本能と惰性に任せて生きてしまうところがあり、その曖昧さが実に人間的で、劇的な展開はないものの、人生を全うした一人の人間像として強い印象を残す。
大岡昇平の作品はこれまで3作読んでいて、事実に基づく硬質な筆致と認識していたのだが、本作はまるで異なり、情緒的で独特な文章構成は川端康成を彷彿とさせるほどで、正直、びっくりするとともに、かなり好きな文章なのでもっといろいろ読んでみたくなる。
なお、本作は実在した銀座の伝説的ホステスである坂本睦子をモデルにしているという。坂本はホステスとして文化人と幅広く交流し、本作の登場人物にもモデルとなった文化人がいるだけでなく、大岡昇平とは8年程度愛人関係にあったらしい。最後の自殺に至るところも含めかなり実際に近い内容であり、その時代の銀座の風俗も感じられる作品である。