掏摸(スリ)/中村文則 2009年 評価:5


 作者はこれまで芥川賞や大江健三郎賞(本作)を受賞し、本作はウォールストリートジャーナルで2012年のベスト10小説に選ばれている。今まで全く知らなかった作家なのだが、そのような肩書も納得の傑作。

 主人公は30才くらいの独り身の掏摸の達人。掏摸で生計を立てていたが、昔の仲間の誘いで他の集団の強盗殺人に加担する。その後しばらくその集団とかかわりはなったが、ある日、その集団のボスだった男から3件の犯罪を持ちかけられる。「失敗すれば殺す。断れば関係のある人間を殺す」という言葉と共に。

 単純な掏摸師の話ではない。ミステリーというほど複雑でもない。しかし、世間の闇に片足を突っ込んでいる男の抜け出せない生活、幼い頃からの幻想や人生の底辺を犯罪を犯しながら生きていく人々など、この作者独特の描き方で醸し出されるどんよりした雰囲気はすさまじい緊迫感がある。なかなか癖になる作風でこの作者の作品を今後も読んでいきたい。