犬/中勘助 1924年 評価:4


 紀元1000年頃のインド。クサカという町に住む娘は略奪者に犯され子どもを宿しながらも、その若く魅力的な男ジェラルの虜になってしまう。罪の意識を感じた娘は町のはずれで修行生活を送る醜い老僧侶に相談に行く。それまで苦行を強いてきた老僧侶は若い肉体の娘に抗えず手籠めにするが、娘の心はジェラルを忘れられない。そんな娘を手放さないよう、老僧侶は魔術で自分と娘を犬に化かしてしまう。

 中勘助は性欲に対してひどく禁止の念を持っていたというが、本書の中では、犬に姿を変えてまでも娘を我が物とし続けたい、性欲におぼれる老僧侶が実に醜く描かれている。しかし一方で、娘自身も恒常的に僧侶を憎んでいるわけではなく、時には哀れに感じたり、時には体の反応に戸惑いながらも僧侶を受け入れるときもある。姿は犬であってもその行為は人間同士の腐れ縁のようなもので、見事に人間の性欲というものを描いている。これが情緒的な「銀の匙」の作者と同一人物の作品とはとても思えない衝撃的な内容である。

 なお、上述の「犬」と、中勘助自身が野尻湖弁天島で一人暮らしをした時の日記「島守」が収録された作品だが、後者は特に特筆するものではないため、あくまで「犬」としての評価である。