草枕/夏目漱石 1907年 評価:3


 喧騒とした世の中を離れ、ある田舎の湯治場に精神を休めに来た青年画家は、その自然やあまり干渉してこない田舎人とのやり取りの中で精神と芸術の安住を見つけかかるが一方で、絵にするには、詩にするには何か物足りないものを感じる。

 宿屋の出戻りの若婦人「那美」というキーになる登場人物はいるが、絵になる美しさはあるも一風変わった精神構造をもっており、俗的な意味での話の展開はほとんどない。「智(ち)に働けば角(かど)が立つ。情に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ」という冒頭の文が有名だが、その心持で芸術に関する思考内を彷徨する主人公の心理的内面を描くのが大半である。

 小説として面白いものではないが、漱石の「吾輩は猫である」「坊っちゃん」に続く中・長編小説で、文学芸術として極めて高度な作品であり、3冊目にしてこのレベルの文章を書ききるということ自体が凄いことである。このような文芸作品においても超一流であり、今にして、漱石芸術の振れ幅の大きさに気づかされる。那美さんの表情に対する賛美を口にして終わるラストなんかは川端作品に通じるような衝撃性がある。