ふぉん・しいほるとの娘/吉村昭 1978年 評価:4
江戸末期に長崎の出島に医師として赴任し、医学だけでなく植物学など様々な分野で当時鎖国状態だった日本人に多くの知識と世界の情勢を授けるとともに、自身も未知の国日本の政治や風俗など、膨大な資料にて母国オランダに知らしめたフォン・シーボルトが、オランダ人専用の娼婦であった其扇との間に儲けた娘、イネ。鎖国が解かれ、福沢諭吉によって女性解放の流れが起きる時代に翻弄されつつ、日本初の女性の産医となったイネを通じて、江戸末期から明治の大きな変革の時代を俯瞰的に描いた1200ページを超える大作。
ち密な調査をもって作品を紡ぐ吉村昭らしく、歴史の勉強にもなるといえるち密な構成。彼の作品は正確な調査に基づくので、イネやその娘高子が男運のない美女であったことからいろいろな挿話を追加することは出来ただろうに、性格的にそれを許せないのだろう。劇的な演出がないため、物語に起伏がないのだが、決して妥協しない調査に基づいた史実として信頼できるその内容には安心感さえ感じることができる。劇的な展開はないものの、史実だけで十分、たった200年ほど前の時代の生活感やその時代だからこその困難さが感じられ、非常に文学的価値の高い作品である。