事件/大岡昇平 1977年 評価:4
1960年代前半。近代化の波が押し寄せる神奈川県で、19歳の青年が、一緒に駆け落ちする女性の姉である地元で飲食店を経営する女性を刺殺した。青年は殺害を認めており、その行為自体は疑いようがないものの、裁判が進むうちに単なる殺人事件ではないことが判明していく。
大岡昇平の文章はとても硬質で、曲がったことが嫌いな性格故か、物語の途中でも事実はこうであるという文章を挟む(本作の場合は1960年代の裁判の形式や法令文の解釈など)。結果として、流れがぶつ切りになる印象を受けてしまう作品が多いのだが、本作においては、その解説的な文が本作にドキュメンタリー的な信憑性を持たせるとともに、事件の当事者だけでなく裁判官、弁護人、検事側の人間模様もあぶり出し、全体的な緊張感を作り出すことに寄与している。
宮部みゆきが冒頭文で絶賛しているように、大岡昇平らしい筆致が、さして珍しくもないはずであった事件の実態を浮き彫りにしていく中に人間同士のエゴを描き出し、ミステリーの基本的な部分の面白さを感じさせる卓越した作品である。