砂の女/安部公房 1962年 評価:4
海辺の砂丘に昆虫採集にやって来た教師の仁木は、そこにある部落の老人に騙され、女が一人住む砂穴の家に閉じ込められる。様々な手段で脱出を試みる仁木だったが、砂はどんなに掻いても崩れ落ちるばかり。そのまま月日は流れていき、定期的に無料で食物が配給される最低限の生活が保障された生活に、仁木は順応していく。
実際にはあり得ない設定ながら、元来劇作家である安部の細かな描写や、砂地獄という罠も実際にある、固体でありながら流体的な動きをする砂という無機物質の特性をうまく使うことで、リアリティ溢れ恐ろしささえ感じる作品。
あり得ない設定の中の物語はもちろん、実際の人間の生活への警鐘も内包しているはずで、当時は物欲にあふれ出した日本の生活様式の変化などが念頭に置かれているものと考えられるが、それよりも、閉じ込められた空間でも人間は確実に生きていける保証があれば、それ以上の生活を望む気力がなくなるという本質を描きたかったのではないかと感じる。作品発表から50年を経過した今、何もせずに生活保護で生きている、時にはニートともいわれている人種が、まともな人間の税金で生活が保障され、それゆえその生活から抜け出せないという構図を的確に予言しているといえるのではないか。人間の本質を描いた傑作である。