暁の寺 豊饒の海(三)/三島由紀夫 1970年 評価:3
その一、その二で語り部であった本多は47歳になった。判事から、飯沼勲の一件以降弁護士に転職してそれなりの成功をおさめ、大企業の裁判で訪れたタイで、勲の生まれ変わりと確信できる幼きジン・ジャンに出会う。それからさらに10年。ある裁判で偶然合法的に巨額の富を得た本多は、箱根のはずれに別荘を買い、日本に留学していたジン・ジャンを誘い出すのに腐心する。
前2巻と大きく異なるのは、本多が主人公になっていること。真面目に生きてきて十分な富を与えられた本多であったが、中年から初老にさしかかる年齢で、松枝清顕や飯沼勲の鮮烈で真直ぐな生きざまの傍らで過ぎていった自身の人生のむなしさを悟り、若きジン・ジャンに変質的な恋心を抱く。その焦燥感、真面目な人間がちょっと道を踏み外すその経緯が実に細やかで、これが遺作という以上、三島の胸中にもこのような欲望があったのか、と感じてしまう。
本作では仏教に関する記載が特に前半に多く、そこは正直難解で、飽き飽きもしてしまうのだが、本作は前2巻と異なり主人公の気持ちをわかってしまう年齢に自分自身がいることから、他の三島作品にも似た、良心と表裏一体となったギスギスした心の襞を逆なでするような強い印象を残る。評価は4に近い3。このシリーズは、読んだ時期によって受ける衝撃は全く異なるのだと思う。