春の雪 豊饒の海(一)/三島由紀夫 1969年 評価:3


 貴族として生まれ、育てられてきた松枝清顕は、大学に通っても勉学は等閑で、同じ貴族で幼いころ一緒に育てられた、非常な美貌を持つ綾倉聡子との恋愛遊戯に、自分勝手な妄想を描きながら逡巡するばかりの生活を送っていた。お互いに好意を持っていたものの幼き駆け引きの結果、他の貴族と婚約を結ぶに至った聡子は、清顕と密会を重ねるが、清顕の煮え切らない態度に傷つき、出家して京都で剃髪して尼になり、それを追う清顕は変わらぬ聡子の気持ちに気力を失った挙句、病死する。

 三島由紀夫が輪廻転生を主軸に描いた豊饒の海シリーズの一巻目。三島は本四部作を書き上げた後、割腹自殺を遂げており、本シリーズが遺作となる。今、二巻目の「奔馬」を読み始めたが、シリーズの軸を形成するのは本作の主人公・清顕の親友として登場する本多らしい。

 とにかく表現力、文章の構成力が凄い。凡人が書けば半分の厚さで済むような内容に、まぁ、徹底してあらゆる比喩や修飾(しかもそれが美しく、時に人を覚醒させる表現)をつけて構成されているため、長い長い。それに対する全編を徹底した集中力には感嘆するしかなく、時折その徹底的な内容に笑ってしまうほどだ。

 物語としては、自分の美しさ、自分の欲するものにしか興味のない清顕のその場しのぎで他人任せの生き方とその周りの貴族の退廃的な描写を通じて、明治時代の貴族の凋落ぶりが鮮やかにロマンチックに描かれている。また、聡子は一本筋の通った気高い女性として描かれているものの、とっている行動は恋愛に振り回される優柔不断さも兼ね備えており、物語としての面白さはあるものの、登場人物として惹かれるものはなく、評点的には平均的なものになる。