銀の匙/中勘助 1921年 評価:3
発育が遅いながらも、伯母の愛情に包まれて自由に育っていった自らの幼い時の想い出(前編が10歳くらいまで、後編が17歳まで)を綴った自叙伝的な小説。夏目漱石に絶賛され、刊行の運びとなった中勘助の処女作である。
漱石に、子供の世界の描写として未曾有でありその描写がきれいで細かい、と評された文章は、確かに細かくて精緻で、それでいて素直さを感じさせるものだが、前編については、発育が遅かった子供の割りにあまりに想い出を深堀し過ぎたところ、創作性を必要以上に強く感じてしまうこと、その子供の想い出は私の想い出と70年程度の差があり、私にとっては胸に響かないことから評価を高くはできない。一方、後編は青年のもう少し普遍的な内容になるので、その筆致や抒情が素直に響いてくる。特に田舎に、行ってしまい目も見えなくなった伯母との最後の場面など、懐かしさもありながら青年特有の冷めた薄情性を感じさせて秀逸である。作風として決して嫌いではなく、他の作品も読んでみたいと思う。