氷壁/井上靖 1957年 評価:3
若い登山家魚津は、長年の盟友小坂と二人、冬の前穂高に挑むが、濃い霧の中、ナイロンザイルが切れて小坂は墜落死する。果たしてナイロンザイルは切れるものなのかの実験(当時、実際に同様な事件の発生によりナイロンザイルの実験が行われている)および、実験結果から受ける社会からの眼を避けつつ、魚津は小坂の愛した美しい人妻と小坂の妹かおるとの恋愛にも似た感情に揺れながら、夏の穂高の単独行に挑む。
端的に言うと特徴のない作品である。ストーリーは単純で、冬に穂高に二人で登って、最後は夏に一人で登るというだけ。主人公魚津に絡むのは、ほぼ上述の4人の他、魚津の勤める広告代理店の支店長のみであり、それでいて文庫本で600ページに及ぶ長さで、その要因は日常的な部分でかなり現実的な描写がされているからである。劇的なことはほとんど起こらず、各個人の中の精神状態の起伏のみが静かに語られ、それは決して私にとって悪い評価に向かうものではないが、川端康成の文章のような、小説としての面白さがないのも確かである。また、山登りの描写はうまいのだが、新田次郎の「孤高の人」ほど徹底しているわけでもないため、どうも中途半端な印象しか残らない。