それから/夏目漱石 1910年 評価:4


 長井代助は実家からの援助によって、30にもなって毎日のんきに暮らしている、所謂「高等遊民」。かつての友人である平岡の経済的に苦しい生活の中で荒んでいく、代助が平岡に譲った形の平岡の妻美千代に対し、代助は以前の感情を高ぶらせていく。

 「三四郎」「門」との三部作と言われ、その中間に位置する作品。私は森田芳光監督の1985年映画版は観ており、なかなかの感銘を受けたが、原作を読むのは初めて。

 「道草」に続いて読んでみて、精緻な心理描写によって、登場人物の人間像を作り出して行くという手法は独特で、且つそれが三島由紀夫のように硬すぎるということもなく、一般的な感情にもストレートに打ち響くという点で、孤高の存在感である。もちろんそれだけでなく、あまり色彩的な美しさは感じないものの、文章の構成はさすがという感じで西洋美学に例えると、セザンヌ的とでも言おうか。ただし、やはり何もしないでのほほんの暮らす代助の生き方にはどうしてもイライラしてしまうし、現代社会では受け入れられない人物像であるので、文学として同行と言う以前に受け入れられないところはあるので、評価に5はつけられない。

 私は夏目作品については「吾輩は猫である」と「こころ」、あと「坊っちゃん」を読んだかどうかという程度の経験であって、「こころ」はともかく、あまり面白かった印象を持ってなかった。しかし、今読んでみて、このすごい文章力に、大変遅まきながら感嘆の言葉しかない。なぜ文豪と呼ばれているのか、今になってはっきり悟るとともに、生きている中でこの芸術に出会えてよかったとしみじみと感じてもいる。夏目作品はまだまだあるので、これからが楽しみだ。