ドグラ・マグラ/夢野久作 1935年 評価:4


 「私」は朝起きると全ての記憶をなくし、九州大学医学部精神病科の独房のベットの上にいた。隣の部屋からは狂人と思われる娘の呼びかける声がしている。若林医学教授が記憶を甦らそうと色々な書物等を提示してくれるが、読んでいるうちに寝てしまう。そして目を覚ますと若林教授の同僚である正木精神病教授が目の前にいて、「私」が二度の殺人事件を起こしているという“真実”を語り始める。

 夢野久作が作家人生の初期から10年の歳月をかけて推敲を重ねた作品であり、小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』(1934)、中井英夫の『虚無への供物』(1964)と並んで、日本探偵小説三大奇書と呼ばれているらしい。

 精神病患者である「私」に対する、その学術的解明のためだけに自分勝手に研究を続けてきた二人の大学教授の心理的なバトルは、二人の教授自身が狂人と紙一重になっていることもあって、複雑怪奇、真実は理解不能というストーリーである。それでも時にリズムカルであったり、時にミステリーや話術的奇術に騙されてみたり、文章の構成や緻密さも推敲を重ねただけある凄まじい濃厚さであり、単なるストーリーの奇抜さだけではなく、文章的な魅力も持つことから、長らく三大奇書と呼ばれているのも頷ける作品である。

 理解は難しいが、人間も単細胞生物から進化したものであり、細胞一つ一つが考える力をもっていて、「脳髄が人の精神を司るのではない」という考え方は、本書の詳しい解説にもより、否定しきれない感覚をもってしまうのも、この作品の悪魔性を象徴するのではないか。