雲の階段/渡辺淳一 1982年 評価:4


 東京都の離島で診療所の事務補助員となった三郎は、医師免許を持っていないが、医者不足の状況の中、診療所所長の意向で簡単な手術を始め、医療実務を違法と知りつつ行うようになっていく。仕事に就いて数年が経った頃、所長が東京に出かけている間に、島に遊びに来た大学生のグループのうち、都内の個人病院の娘・亜希子が子宮外妊娠で診療所に運び込まれてくる。何とか手術をして救った三郎に対し、亜希子は恋愛感情を持つようになる。

 免許を持たないまま医療行為を行い、その秘密を隠しながら裕福な医者の娘に惚れられて結婚、さらに病院の跡取りになることが約束される三郎に対し、読者からすれば三郎自身の気持ちと同様、いつばれて、急激に社会の成功者から転落するどころか犯罪者となるのかというスリルが緊迫感を生んでいる。私にしても途中からいつ、どのようにばれるのかというのが主な関心事になるのだが、一方、それでは予想通りのストーリー展開にしかならないけど、それでいいのか?という、傍観的冷静な評価を下そうとしていた。しかしその予想は、ある意味肩すかしだが、優しい裏切られ方をする。

 三郎は優柔不断で決断を後送りするタイプで、大きな人生の浮き沈みを被ることになるのは自業自得、因果報酬であるのだが、一方彼はひどくまともな人間性を持っているし、利益第一主義の大病院の診察方針に真向に反対するような気概も持っており、小説においてヒーローやヒロインの登場を期待するような読者でなければ、より現実の人間に近い、どうしても憎めない人物なのである。犯罪者ではあるが、最後の最後には大きな決断をする。それで罪が浄化されるわけではないし、残された関係者の怒りが収まるわけではないと思うが、この終わり方で良かったのだろうと思わせるのが、この作家の力量なのだと思う。

 渡辺淳一自身が医師免許を持ち医者を経験しているだけあり、医療や病院の仕組みに関する記述は生々しく、彼の作品の中では「失楽園」や「愛の流刑地」などが有名だが、他にもノンフィクション系の「遠い落日」や本作のような医療関連小説も多く書いており、もう少し読み込みたい作家である。