人間の絆/サマセット・モーム 1915年 評価:5
幼いうちに両親を亡くし、母方の副牧師である伯父に育てられたフィリップは、自身のエビ足を気にしながら、会計士、画家、医学生等、親の遺産や伯父からの仕送りを元手に定まらない青春を過ごすとともに、ミルドレッドという、顔の造形だけが魅力で知性も教養も品もない女に惚れて散財し、しまいには株に手を出して無一文になる。しかし、子沢山で貧しい生活をしながらも温かく楽しいアセルニー一家に親切にされ、フィリップの人生も紆余曲折を経て、落ち着いたものになっていく。
10歳で孤児となって牧師であった伯父に育てられ、医学校に入学。その後作家として各地を長期旅行した後、第一次大戦では軍医、諜報部員として従軍した経験をもつモームの自伝的小説である。特徴的なのは、自虐的なフィリップの心情を赤裸々に深く綴っている点で、それは自伝的小説であるがゆえに、そこまで書けるのだろうが(逆に書くことは非常な辱さも感じただろう)、その鋭さ、人間観察の深遠さはドストエフスキーに匹敵すると評して過言ではあるまい。ドストエフスキーの精神の筆致は宗教に根ざしているが、モームの場合はもっと人間臭い。1300ページを超える、特に前、中盤部分では自負と偏見、自己防御と自己犠牲、通俗的な見栄や体裁を取り繕う行動など、よくここまで書けると感心してしまう。また、それが人間臭いため、自分の中にも確かに存在する感情との相対を考えてしまう。
フィリップのミルドレッドに対する感情というのは、エビ足というハンデを負って卑屈になってしまった男のものだとしても、とても馬鹿馬鹿しく、また、彼の意気地のない行動もイライラさせられるが、「人生を“すべき”、“すべき”で動いてきたが、真に全心をもって“したい”と動く」重要性に最終的に気づくことになる。この考えには私も長らく捉えられているもので、青年時代は確かに抱いたことのある感情なのである。
フィリップは、とてつもない貧困の中に身を置き、人間への不信と物理的にも最低の生活をすることになるが、その中で元来正直で素直な性格の彼はいろいろな経験をして、結果的には彼の人生は30歳に近付くころに幸せな方向に舵を切り始める。本作の中で語られる「人生はペルシャ絨毯」。縦糸が時間とすれば、それにどのような模様と色をつけるか、そして死ぬときにひとつが完成するが、それは他人にとって何をもたらすものではないかもしれないし、その人の死とともに永久になくなるものかもしれないが、唯一無二の完成品であることに違いはない。この、4次元的に人間をとらえる考え方は、「スローターハウス5」の原型的なもので、世の中や人にどのような感情で、どう接してきても、無駄なものはないという考え方はとても興味深い。