蝉しぐれ/藤沢周平 1988年 評価:5
江戸時代、東北地方海坂藩の普請組の牧家の養子である文四郎が、藩内の政権争いに絡んだ養父の切腹や、幼馴染みで淡い恋心を抱いていた娘の藩主への側室への登用などによる環境、心情の変化を経ながら、親友や剣道場の師匠等との関わりとともに立派な武士へと成長していく姿を描いた、名作の誉れ高くTVドラマ化、映画化もされた作品である。
江戸時代を舞台にしているが、言葉遣いや友達とのやり取りなど、古臭さや格式張すぎたところを感じさせず、一人の日本男児への成長物語として非常に新鮮で、ストレートで、読後に爽快感を感じさせるという稀有な小説である。といって江戸時代の匂いを感じさせないかというとそういうわけではないし、男同士の剣の試合など、すべての物腰が伝統的な日本人像を丁寧に綴っており、決してストーリーが描写を急かしているわけではない。
確かに穿った見方をすれば。江戸時代らしからぬところも多いのだろうが、チャンバラあり、男の友情あり、忍ぶ恋あり、純粋に読み物として面白いのは間違いないし、とても魅力的でかつ現実的な性格及び行動を伴う登場人物が数多く、どの点からも愛すべき小説と評することができるだろう。