伊豆の踊子 禽獣/川端康成 1951年 評価:5
著名な「伊豆の踊子」を始め、1925~1936年の間に執筆された8篇の短編からなる短編集。
私は基本的に短編集が嫌いなのだが、川端作品は例外だと感じた。これは川端作品がストーリーではなく、ただただ情景やこの日本という地で生きてきた人間が感じ取れる情感の美しさに焦点があり、それがぶれないため、描きたい内容を書き切るのに作品の長短は関係ないからなのだろう。
「伊豆の踊子」については、時代が時代だけに、書生の主人公の呑気な生活観に違和感は感じてしまうのだが、最初の段落から伊豆半島に放り出されるような素晴らしい書き出しで、その後、今まで持っていた山口百恵や吉永小百合が演じたということで美少女的なイメージがあった踊子像を簡単に裏切られつつも、もうその表現力に感嘆以外何もない。それ他にも、愛玩動物の愛好家のような外面を持ちながら、実は飼っている動物が死んでもなんとも思わないどころか冷淡にその代わりをまさに玩具を買い換えるように手に入れる男を描いた「禽獣」や、若さに任せて自堕落な生活を改めようともせず最後は無様に事故死する転落の青年の一生を慌しく描いた「二十歳」などストーリーがしっかりしているものもあるが、逆になんだか良くわからない夢や亡霊を書いてみたりと、結局はやはり一瞬の美しさに傾注した作家なのだなぁと思う。私が気に入ったのは「むすめごころ」で、川端自体、同性愛的な表現が多い(「古都」や「山の音」でも顕著に見られる)作家で、女性同士の友情を時に可愛らしく、時に残酷に描いていて、そのふり幅が大きい中での様々な表現に酔いしれてしまう。
どの短編も、素晴らしい表現の数々に感嘆するしかない。そのような表現を使うのか!?と読んでいる途中に放心し、笑みが漏れてしまうほどで、ある意味ぶっ飛んでしまって少々意味不明なものもあるのだが、それでいて何となく情景や心情がわかるような不思議な感覚に包まれる。まさに川端ワールド。それがとても心地いい。ストーリーとしての面白さというのは確かにあまりないと思うが、それを補ってあまりある魅力を湛えているのである。川端作品を読むと、例えばこの批評でも自分自身もっと考えて、美しい文を書きたいなぁと感じてしまうという、全く稀有な作家なのである。