一瞬の夏/沢木耕太郎 1981年 評価:4
二十代前半に東洋太平洋ミドル級チャンピオンまで上り詰めたが、性格の優しさと闘争本能の欠如により王座陥落後、クラブの用心棒まで落ちぶれていたカシアス内藤。引退して5年が経過し、30歳を目前に心を入れ替えボクシングに再度打ち込み始めた内藤を、友人である沢木(著者本人)や名トレーナーであるエディ・タウンゼントらのチームが補佐し、再度頂点を目指すというノンフェクション。
ボクシングというスポーツは独特で孤高のものだと思う。しっかりとしたルールがあるからこそスポーツと認められ、オリンピック種目にもなっているのだが、根本は殴り合いという至ってシンプルで野蛮で見世物興行的な側面もある。それゆえ、選手個人の能力だけでなく、マッチメークやジムやマネージャの意向が複雑に絡み合う。本作ではノンフェクションであるが故、ひとつ試合をするための面倒くささに瞠目させられる。
内藤は復帰後も段々と生活の苦しさからボクシング一筋という生き方をあきらめていくのだが、そこにある綺麗ごとではない生活背景を思えば、弱者と一言では片付けることはできない。しかしそれぞれの立場の人間が、色々な思惑を抱えながらも、ひとつの目標に進み、それが最良のものではないにしても、ひとつの結果をみる、そこに蠢く人情や打算、策略など赤裸々に文字に起こしており、そこには夢物語にまい進するチームの姿というよりも、崩壊していきながらも何とか形をとどめている脆い骨格が何とか形態をとどめているだけであり、良くこれをノンフィクションとして実名で発表できたものだと思うし、実名で発表できたほど、どんなにギクシャクした関係を経験したとしても、心根の部分で分かり合っていたチームなのだなと、その関係がうらやましくもある。