蒲生邸事件/宮部みゆき 1996年 評価:3


 大学受験に失敗した孝史は予備校受験のために泊まった都内の鄙びたホテルで2月26日に火災に遭遇。死を覚悟したとき、何者かに掴まれ、気が付くと昭和11年2月26日、いわゆる二・二六事件の起きる当日へとタイムトリップしていた。トリップ先の、いずれはホテルに建て替わる蒲生邸では蒲生元陸軍大将が自殺を遂げるが、奇妙な行動をとる蒲生邸の人々に孝史は違和感を覚える。

 基本的には昭和11年の時代に起こった事件を巡るミステリーであり、そこにタイムトリップというSF、蒲生邸の女中ふきへの孝史の恋慕というロマンス的要素をちりばめた作品。

 私は宮部みゆき作品は決して嫌いではないのだが、どうしても評価5がつかない理由を、本作で確信した。主要な登場人物には一般的な庶民が多いのだが、とても緻密で思想的なところもある語り口で丁寧に描写していくうちに、その人がとても普通の人ではなくなってしまい、結局ほとんどの人に感情移入ができない、これが原因である。本作でも孝史は未来も家族のこともほとんど考えない、そこらにいる青年で始まるのだが、段々と(しかも短時間で)色々と考えて行動する一角の立派な人間になっていく。その人種の変貌に私はついていけないのだ。

 本作は、蒲生大将は本当に自殺なのか、誰かが殺したのか、なぜ凶器がない?など、話の軸はミステリーなのだが、そこにタイムトリップできる人か絡むので、反則に近い展開もあり、どうせタイムトリップが絡むのだろうと考えるに、ミステリーとしての面白味は薄れてしまう。タイムトリップ自体はありふれているし、孝史のふきへの思いもなにか唐突で、現代において年老いたふきと接触するという展開は、私の好きな「ある日どこかで」と同じで、しかも後者の方が断然深いので、どのジャンルの視点で評価しても中途半端である。

 とはいえ、上述のような話の展開でありながら、日本の重要な歴史の分水嶺の状況を市民目線で丁寧に描いたり、特殊能力者の苦悩を深堀りしたりと、やはり一筋縄ではいかない宮部ワールドは十分に感じられる。