氷点/三浦綾子 1965年 評価:5


 病院長である辻口の3歳になる娘ルリ子は、妻夏江と夫の病院に勤める若い眼科医との密会の間、屋外に追い出され、何者かに林の中で殺害される。夏枝は殺されたルリ子の替りに養子を欲しがり、妻の姦通がルリ子死去の直接の原因と考える夫・啓造は、知り合いを通じて、秘密裏にルリ子殺害犯の娘を養子として受け入れる。陽子と名付けられたその養子は、内面的にも外見的にも申し分のない娘に育っていく。

 自分の美貌と魅力に過度の自信を持つ夏枝は陽子の魅力に嫉妬し、陰湿ないじめが展開される一方、陽子はそのいじめもいい方に解釈して聖人のように成長していく。そして陽子に好意を寄せる義兄・徹やその友人である北原の恋愛模様など、まさに昼ドラのような展開自体は小説として面白いが、ストーリー自体は読んでいて気持ちのいいものではない。

 私が最も評価したいのは、辻口の家族や主要な登場人物間でさまざまに展開される人間の思い込みの滑稽さ、残酷さの詳細な描写と、それに起因した、不幸への転落が現実的に、鋭く描写されている点である。ある一個人の一つの行動に対して、周りの人は、自分自身の考えたい方向に勝手に解釈をする。さらには行動した本人もその行動の根源が異常であることもある。そのような積み重ねが、結果として人と人との間に誤解を生じさせ、亀裂を深いものにしていく。このあたりの描写が緻密であり、例えば、精神的に破綻をきたしてはいくが、表面的には優しく美しい妻である夏枝の行動が非常に説得力のあるものになる。

 最近のミステリーは精神異常者を犯罪人とすることが多く、異常行動の原因を説明不可能な精神の異常性に逃げることが散見されるが、異常性の根源を描き、安易に人間の精神の描写から逃げない姿勢が素晴らしい。また、陽子を巡る思春期特有の心の揺れを表現する恋愛描写もとても現実的ですんなりと感情移入ができる。なにより、素直な本当の自分自身の気持ちで話すことの大切さを痛感させる小説である。