火の粉/雫井脩介 2003年 評価:4


 近所の親子3人を殺害した容疑で死刑を求刑されていた武内だったが、検察側の言うところの、武内自身が自らつけた背中の打撲痕に疑問を持った裁判長梶間は、無罪判決を下す。それから2年後、退官し息子夫婦と住む梶間家の隣に武内が引っ越してくる。親切心を表に接近する武内の周りで梶間家の日常が徐々に崩壊していく。

 隣人に異常者が移り住んでくるという設定自体は、少し前のアメリカ映画で何作かあるので、特に目新しさはないが、私はその類の映画を観ていないので、特に既知感を持たずに読めた。

 子育て、高齢者介護、嫁と姑・小姑や子育てママ間の確執などの日常生活の中に潜む様々なストレスを描きつつ、それに親切そうな素振りでわけ入っていく異常者・武内が潜在的な恐怖を感じさせ、話の先を急がせる。一般人だけで解決してしまう展開はちょっと都合がよすぎるが、作者の、ストーリー・テラーとしての才能を感じさせる。

 ただ、一方、2回読みたいと思うものではないというのも事実。登場人物の誰にも感情移入、共感することが出来ずに、とげとげしい出来事を交えながら進行していく展開に、爽快感も、親近感もなく、ざらざらする気持ちしか残らない。また、本作に限るわけではないが、最近のミステリーに多く見られる異常者が犯人という設定を、かなり無理な展開の理由としてしまい突込みを許さないところと、優秀な日本の警察がほとんど無能でしかないというところにどうしても違和感を感じてしまう。そのような犯罪は増えているのは事実だが、ストーリーを構築するために、安易に利用してしまう意図が見え隠れする。

 とはいえ、エンタテイメントとして面白かったことは事実で、より成熟したと言われる「犯人に告ぐ」「クローズド・ノート」はいずれ読んでみたい。