月と六ペンス/サマセット・モーム 1919年 評価:4
イギリスの証券会社に働き、妻と二人の子供もいて不自由ない暮らしをしていたストリックランドは、突然家族を捨てパリに旅立つ。それは絵を描きたいという本能から出た行動であったが、ストリックランドは自分の絵がほとんど売れず、評価もされない極貧生活を続けながらも後悔することなく、果てはタヒチに移り住み、かの地で絵を描いて生涯を全うするのであった。そして死後、彼は天才画家という評価を手にする。
物語は作家である“僕”の視点から描かれているのだが、本能のまま生きるストリックランドの、傲慢で奔放で他人を全く気にしない生き方が、“僕”の常識的な社会通念やイギリスで捨てられた妻の、ストリックランドが死んで名声を得た後の豹変ぶりなどと対比されて、際立って魅力的である。その生き方はまねしようとしても決して出来るものではないが、そういう願望だけは万人の中に多かれ少なかれあるはずで、自分の真の信念に忠実に生きることへの憧れを思い起こさせる。
証券会社社員から画家になった点、パリからタヒチに向かった点、そして描く絵の描写から、明らかにストリックランドのモデルはゴーギャンである。本書は絵の描写が緻密で、明らかにゴーギャンの絵を念頭に書いているため、彼の絵を知っているものにとってはその部分が普通に小説を読むこと以上に感慨深いものになる。ゴーギャンの絵は私にとって好きな部類に入るため、その面からも評価(実際は4.5)が上がっているのも否定しない。