錦繡/宮本輝 1982年 評価:3


 先天的な障害を持つ息子を連れて蔵王に来ていた亜紀は、ゴンドラリフトの中で偶然に10年前に別れた夫、有馬と出会う。ほとんど言葉を交わさなかった二人だったが、余りの有馬の変わりように、3ヵ月後、亜紀は有馬に手紙を書き綴る。

 二人の書簡のみで語られる物語であるが、本来手紙というものは、感情をさらけ出し、芸術的とはとてもいえない文章であるのが普通(例えば武者小路実篤の「愛と死」)で、その意味で非常に実際的でない文体に違和感を持った。また、なぜにそこまで長い手紙を書き綴るのか、再婚したものの、浮気している夫と障害を持つ息子との今の生活に疲れて、以前別れた夫に未練を感じ、よりでも戻そうとしているのかといった下衆な展開になりそうで、正直気乗りしないまま読み進めていた。

 ところが、過去の追及や懺悔やらが済んだ後、過去から現在、未来を語り始めるところから、人生を新たな観点から捉え始める二人の心が透けてきて、そして手紙のやり取りに光を見出し、お互い新しい気持ちで人生をやり直そうというラストがすがすがしい。大きなことを語るわけではないが、ほんの少し人生における良心を描く、宮本輝らしい静かな感動を寄せてくる。

 本作は長編4作目で、「泥の川」や「蛍川」のような泥臭さを残しながらも、時には生真面目さを表に出しすぎ、説教臭いところも感じてしまう作品を生み出す時期の中間点的作品で、かえって作品としてはバランスが取れたものだと思う。