人間の土地/サン・テグジュペリ 1939年 評価5


 「星の王子さま」の作者による随筆集。「星の王子さま」は本作の約4年後に出版された、一応子供向けの体裁をとった遺作であるのだが、そこで語られる人間にとって大切なものを、飛行士でもあった自らの経験をベースとし、非常に細かい風景、心情描写を通して精緻に記した、今でも時々道徳本としての優秀さが取りざたされる名著である。

 郵便飛行機乗りとしてのエピソードのほか、ほんの少し寄ることになったアルゼンチンの民家や、砂漠で奴隷として雇っていた初老の男のエピソードなど8編からなる。そのどれもに共通しているのが、「星の王子さま」でも繰り返される「本当に大切なものは目に見えない」という思想。ともすればそのまま通り過ぎてしまうような些細な出来事、その内容が、作者の目を通すと、素晴らしく、いとおしく思えてくる。生き急ぐ、周りの状況に左右されやすい現代人が忘れてしまった大切なものが見えてくる。

 正直、かなり難しい本で、読むスピードも、例えば最近の日本の小説に比べると倍以上かかる。それぐらい、読者への要求が高いとともに、逆に文に含まれる含蓄も深いものである。人生に迷いが生じた時などに読んでいるのだが、本作を読むのは多分4回目。初回に比べ、だんだんと理解できる範囲も広がり、読めば読むほど新たな人生の教訓を得られるという、座右の書である。

 初めて読んだのが学生の頃。その後繰り返して読んできたが、いつもこの本の記憶が意識のベースに刷り込まれていたわけではない。しかし、時折はこの考え方を模倣した生き方をしようとは試みたことは、少なからず、私の生き方を変えてきたはずで、正直、本書に出逢わなければ、私はもっとダメな人間になっていただろうと断言してしまうほど、影響を受けているし、今後も受けるだろう。

 ここに本書の素晴らしい言葉を示しておく。「努めなければならないのは、自分を完成することだ。試みなければならないのは、山野のあいだに、ぽつりぽつりと光っているあのともしびたちと、心を通じあうことだ」「人間であるということは、自分の石をそこに据えながら、世界の建設に加担していると感じることだ」評価はまさしく別格の5。