塩狩峠/三浦綾子 1968年 評価4
永野信夫は東京の不自由ない暮らしの中で、生真面目に生きてきたが、小学校からの親友吉川とその妹ふじ子に惹かれ、北海道に移り住む。北海道で鉄道員として働く中でキリスト教に目覚め、布教活動を熱心に行うとともに、脚が悪く肺結核でありながら静かな温かい心を持つ同じキリシタンのふじ子との結婚を胸に秘め生きていく。
明治42年。北海道塩狩峠の登坂で列車の連結器がはずれ、最後尾の列車が暴走。これを身を呈して食い止めた実在のクリスチャン長野正雄をモデルとしているが、過去、周辺の物語は創作と思われる。
実に純粋で、自分の欲望に打ち勝つ強い意志を持つ信夫の生き方には惹かれるし、登場人物たちの温かい心、正しい心も読んでいてすがすがしい。作者自身も敬虔なクリスチャンであることから、頻繁に出てくる聖書の引用が少々しつこいのだが、この作品のもつ静粛な雰囲気は損なわない。
しかし、あまりに綺麗過ぎるのかなという印象はする。宗教というのは、信者の総てがその真髄を理解し、その通り行動すればそれは素晴らしいことなのだが、そうとは限らないことは、他の宗教を認められないことが中、近世の大部分の戦争の主たる原因であるという事実が示している。だから私は、宗教に救いを求めなくても正しい心を見失わなければ信仰を敢えて持つ必要はないと考えているため、本作の遠まわしに仏教を否定しているような姿勢など、宗教の欠点も見えてきて、そこはどうしても気になってしまう。
しかし、信夫の生き方やふじ子との純愛など、特に青年期のまともな男子には訴えかける内容が多いのも確かであり、若いころに読んでいれば、評価はもう一段高かっただろうとは思われる。