日本沈没/小松左京 1973年 評価:4
小松左京というと、「日本沈没」や「復活の日」、「さよならジュピター」といった30年前後前の映画の印象が強く、それらがかなり話題にもなったことから、なんとなく流行作家というイメージがあり、かなりの著名作家でありながらこれまでその作品を手に取ったことはなかった。しかし、本作を読んでその認識を改める必要があると感じるとともに、今は他の作品も読んでみようという気持ちになっている。
日本列島が中国大陸から分離されたというのはこれまでの常識だが、更なる地殻変動及びこれまでに起こったことがなかったマントルの動きにより、短期間で日本列島が分離し、全体が海に沈んでいくことが特別捜査部隊の調査で判明。これを受け、政府は日本国民をいかにして救うかに国を挙げて取り組み始める。
800ページを超える大作であるが、その1/3が日本列島に起ころうとしている前代未聞の大規模な地殻変動の調査、科学的予測の記載に費やし、そのあとの1/3を徐々に日本崩壊の兆しが現れる中、特別捜査部隊の活動、政府が隠密に諸外国に日本国民救済の道を探る記載とし、実際に日本が壊滅的に沈没していく有様は最後の1/3でしか描かれない。この構成により、日本沈没の真実味が徐々に増していく中、日本はどのような未来を模索していくのかが焦点となる、かなり高いところから俯瞰した内容となっている。周囲を海で囲まれた土地の中で対外的脅威に直接晒されずに繁栄してきた日本国民が、その地理的特性をのぞかれたときどう生きるべきか、そうなった時の覚悟は今の国民にあるのかという問いかけ。これは、世界での地位も下がり、経済的にも武力的にも海外(特に中国、ロシア、北朝鮮)にいいように翻弄されている現在の日本の有様を考えると非常に重く、避けることのできないテーマであり、その先見性にも感心せざるを得ない。
真実味のない内容ではどんなに泣かせの演出があろうとも感動しないばかりか胡散臭さのみが残り、今の私の評価はぐっと下がる結果となるのだが、本作は、扱っている題材からどうとでもパニック小説に出来たものを、徹底的に科学的可能性を述べることで、話の中に引っかかりなく入っていける。とはいえ、ちょっとそのあたりの描写に力を入れすぎたかなとは思うのと、上記のような視点で描かれているだけあって、ラストが収束しない(「一部完」で終わっており、元々、二部で世界に散らばった日本国民がどのように生きるかを描く予定だった)という、本作の内容からはどうしようもない部分が減点にはなる。
ちなみに本作は2度映画化されている。記憶に新しいSMAP草なぎと柴咲が主人公の06年版と丹波哲郎が首相役を演じた73年版があり、私は双方未見だが、原作に忠実だった旧版のほうが圧倒的に評価が高い。06年版は、まず日本沈没が原因はともあれ起こることが前提であり、その中で国民を救うために色々なメロドラマを展開させるというのが主眼との評判であり、よくあるパニック映画で納得不可能なハッピーエンドということで、小説版のような大きな視点がないものと思われる。06年版の映画のような内容だったら私の評価も散々だったのだが、ある雑誌に、「映画はともかく原作は読んでおきたい作品」に載っていただけあり、400万部を超えるベストセラーになったのも納得できる傑作だと思う。