愛と死/武者小路実篤 1939年 評価:5


 「友情」では、結婚は家同士の調整により決まるものという当時の風習にどうしても違和感を禁じえなかったため、その正直な文章に惹かれはしたものの評価は高くはなかった。しかし、本作は主人公である村岡と許嫁となる夏子がお互いの意思で結婚に向かうので、現代でも受け入れられる背景となっている。

 作家の村岡は、同じ作家として成功している先輩であり、友人である野々村の妹、夏子と惹かれあう。二人は正直な気持ちのまま急速に接近し、結婚を誓うが、村岡はちょうどその時にフランスに住む叔父の誘いをうけ、勉強のため半年のフランス旅行に出かける。旅行先でも二人は手紙のやり取りをし、帰国後の再会を楽しみに待つのだった。

 題名から、夏子がどのような運命を迎えるのか、容易に想像がついてしまうし、話の筋は凄く単純なのだが、村岡と夏子の嘘偽りなくさらけ出す心と心の触れあいがとても純粋で、真正直であり、読者を幸福にさせる。

 携帯電話やインターネットが普及した今、手紙のやり取りというものがどれほど現実味があるのかわからないが、それらが普及する以前に青春時代があった私は、ずっと読書が好きで、洋楽の訳詩も良く読んでいたこともあって、好きな人に、今となってはこっぱずかしい内容の手紙を書くことが多かったため、彼らの手紙の内容はとても胸を打つし、それに加えて赤裸々な会話により、まさにそこに二人の笑顔を思い浮かべられるように二人の幸せを感じられる。また、本作の場合、フランスに行くのに当時船で片道一月半かかるというところが、結果として手紙を書いたときと受取ったときの時差となり、手紙のありがたみが今の数十倍もあっただろうということが想像できる。

 若いころというのは、異性と付き合うまでの過程、また付き合ってからも何かしら計算や策略を持つものであり、私も、それはなかったといえば大嘘になってしまうのだが、誰でも一度は、嘘偽りのない心で接しられる相手があれば、それとの触れあいが最上の幸せであろうと考えたことがあるはずで、いまさらそのような気持ちを期待してはいない(結婚すればもちろん、そのような気持ち同士で付き合うので、それまでの過程として)が、実際として近い経験をしたことがある私としては、確かにこの本を読んでその時の幸せにしばし浸れるのである。

 本作を青春時代に読んでいれば、私にとっての最高のロマンス映画「ある日どこかで」が、歳をとって、それが最高かどうかに疑問符がつくようになったとしても、わずかでも残る純情がその疑問符を蹴飛ばしてくれるように、本作も最高の純愛小説となったであろうと確信している。