クライマーズ・ハイ/横山秀夫 2003年 評価:5
横山秀夫の小説はこれまで「半落ち」「顔」などを読んでいるが、少なくとも既読の中での最高傑作。
1985年8月に起きた、単独機としては世界最悪の死傷者数を記録した日航機墜落事故を舞台に、墜落場所となった群馬県の地方新聞社の日航機事故デスクに任命された中堅記者・悠木の、社内の手柄争い、ジャーナリズムの本質を通した心の葛藤を軸に、悠木の家族の中での立ち位置や、事故当日に一緒に谷川岳の衝立岩に登る予定だった友人・安西の不可解な事故を絡ませながらも、見事に調和の取れた、飽くことを全く感じさせない傑作である。
元記者だけあり、新聞社の事故発生判明時の緊迫感と、それが時間とともに薄れ、脱力感に包まれていく様子が卓越した筆致で書かれており、まずこれが秀逸であるのに加え、主人公である悠木がその喧騒の中心として描かれるだけではなく、二児の父親としての現実的で家庭的な苦悩やある事件がきっかけでかたくなに出世を拒んでいる状況などを加えることで、人間的奥深さも感じ取れるようになっている。そこに14年後の安西の息子と衝立岩に登る様子を織り交ぜることで、単なる新聞社を舞台とした記者たちの物語ではなく、人生を考えさせるような小説に仕上げている。
正直「罪と罰」を読んだ後、やはり十分に人間の内面を描いた長い小説でないと満足できないのかなと思いつつあったが、本当の傑作というのは、1冊にまとまる分量であっても、言葉一つ一つが良く練りこまれているとともに、無駄を一切排除したものであるということを再認識したものである。